27
クリスマスから一週間ほどが経っても、名前は依然として厨房を探していた。どこにあるのか気になるということもあるが、料理を作ってくれている人が居る筈なので、好きな献立を増やして欲しいと頼むつもりだったのだ。名前はホグワーツのシェパーズパイが大のお気に入りだった。しかし、探しても探してもなかなか見付からなかった。
始め、名前は大広間の近くを探していた。名前達生徒が食事をするのはいつも大広間だし、魔法で料理を運ぶにしろ、近いところにあると思ったのだ。しかし名前が今居るのはホグワーツ魔法魔術学校で、古代魔術の牙城だ。クィレルも魔法の伝達が容易だと言っていたし、作った料理を移動させるのはごくごく簡単な事かもしれない。大広間周辺を探すのは、正直言ってかなりマグル式だった。
そんなわけで名前は捜索範囲を広げた――それこそ城の中に限らず、校庭の隅から隅に至るまで。
気付けば同じところをぐるぐる回っていることがあるので、名前はウィーズリーの双子に倣って自分なりに地図を書いてみようと考えた。しかし、そもそも魔法使いの住居の見取り図なんて、部屋自体が伸び縮みするのだから当てにならず、名前は早々に諦め、書き始めたばかりの羊皮紙を暖炉に放り込んだ。ぐちゃぐちゃの地図を作るくらいなら、歩いて覚えた方がまだましだろう。
また、名前があちこちうろうろしているせいで、気付けばミセス・ノリスが付き纏ってくるようになった。どうやら要注意人物だと思われたらしい。ミセス・ノリスは鋭い目をした痩せた猫で、管理人のフィルチの飼い猫だ。名前はまだかろうじてそんな憂き目にあっていないのだが、彼女は生徒が校則違反をすると、すぐさまフィルチを連れてくるよう躾けられているらしい。その為、名前はミセス・ノリスが付いてきている時は、普段以上に慎重に行動せざるを得なかった。
学校に残っている上級生達や、そこら中に居る絵画や鎧なんかに聞いてみたりもしたのだが、誰も厨房の場所を知らなかった。
この日も名前は飽きずに厨房を探していた。諦めてクィレルに聞いてみようかとも思ったのだが、どうやら先生達は寮監といったごく少数を除いて家に帰っているらしい。そりゃそうだ。教師達にだって休暇はある。
「待たれよ朋輩よ! 汝は如何に我が登楼を登らんとするのか!」
名前は背後から降ってきた声を無視した。男は肖像画の住人で、一度相手にすれば最後、彼を撒くまで決闘を申し込まれるからだ。もちろん絵画と決闘はできないし、そもそもホグワーツでは決闘は校則違反だ。
ポニーに跨ったカドガンという名前の騎士は、それからも何度か名前に声を掛けてきた。あんまりしつこいので、仕方なく返事をする。「何なの? 決闘ならしないからね」
「違う。尻から煙が出ておる」
「……えっ!?」
名前はカドガン卿を振り返った。やはり常のように不格好なポニーに乗っているが、その表情はかなり困惑しているように見える。知り合ってまだ日は浅いが、かなりレアな表情だ。名前は急いで自分の臀部に手をやった。
まさか、尻が燃えている――? 一瞬そう思ったものの、もちろんそんな事はなかった。しかし、確かに煙は出ている。
煙の出所は名前の杖だった。慌てて手にした杖からは、一定間隔で銀色の煙が出ていた。
「――つ、杖が壊れちゃった!」
名前は自分の杖を振り回し、何とか煙を止めようとした。しかし煙は止まらない。ルーモスとか、ウィンガーディアム レビオーサとか、知っている呪文を試してみたが、一向に止む気配はなかった。光る杖がポッ、ポッ、と涙型をした銀色の煙を出しているのは、見ようによっては可愛いかもしれない。
買ってもらってまだ半年も経っていないのに、もう壊してしまった――名前は煙を吐き続ける杖を手に持ったまま、どうすれば良いのか解らず呆然としていたのだが、カドガン卿が手を貸してくれた。違う絵画から、杖作りの職人を引っ張ってきてくれたのだ。ちなみにその職人は英語が通じなかったので、カドガンはまた別の住人を連れてきてくれた。
彼らはカドガン卿に辟易している様子だったが、連れてこられた先に居たのが、途方に暮れた一年生だと気付くと、親身に世話を焼いてくれた。
「グレゴロビッチが言うには、その杖はハシバミで出来ていて、たまにそういう事が起こるんだそうだ」
修道士服を着た男は、そう言って名前に心配いらないと笑顔を浮かべてみせた。グレゴロビッチというのは、カドガン卿が始めに連れてきてくれた杖職人の名だ。「ハシバミの杖は地下水を見付けると、持ち主にそうして知らせるんだそうだよ」
「つまり、大発見って事……!?」
名前は思わず口を挟んでから少し赤くなり、彼らにそれぞれお礼を言った。絵画の住人達は気を悪くした風もなく朗らかに笑っていたし、カドガン卿はいつものように決闘を挑み始めたので名前は退散した。
杖が壊れたわけではないと知り、俄然元気になった名前は、杖が感知したらしい地下水を探し始めた。地下水というのだから地下にあるのだろうし、このまま近くの階段を下に降り続けていれば見付けられるだろう。ひょっとすると、ホグワーツの湖はスリザリン寮の周りだけでなく、この辺りの下にも来ているのかもしれない。
どうやら水を探し当てたのは確かだったらしく、名前が周囲を歩くと、杖の先から出る煙が小さくなったり、消えそうになったりした。何となくの位置の目星を付けながら、地下を目指した名前だったが、やがて歩みは止まった。杖が探し当てたのは秘められた地下水なんかではなく、トイレから溢れた水だったからだ。名前は心底がっかりした。
曲がり角の先にあったのは女子トイレで、どういうわけか、そこから止めどなく水が溢れていた。城に残っている生徒は少ない筈なので、ピーブズか誰かが面白がって洗面台やトイレに栓をし、水を流しっぱなしにしたのかもしれない。
名前は暫く辺りの惨状を眺めていたが、やがて歩き出した。せめて水くらい止めておこうと思ったのだ。水が流れてくるのが男子トイレでなく、女子トイレだったこともある。
てっきり無人だと思っていたのだが、そのトイレには先客が居た。半透明ではあるが、しかしながらピーブズではない。
「……何なの?」
そう言って鼻を啜ったのは、ホグワーツの制服を着た女の子のゴーストだった。
入らない方が良いトイレがある、というような噂は聞いたことがあったが、名前は自分が居る階が三階だという事に今になるまで気付いていなかったし、多分このゴーストが住処にしているから皆使うのを避けるのだろうな、という事を一瞬で理解した。
整備されておらず、薄暗いトイレの中、陰気な顔をしたそのゴーストがじとっと名前を睨んでいた。
「こんちは。水、貴方がやったの? 止めても良い?」
ゴーストは返事の代わりに再び鼻を鳴らした。名前はそれをイエスの返事だと判断した。
いくつかある洗面台の蛇口をひねっている間(水が溢れているのは洗面台からだけだったので、名前は少しだけホッとした)、女の子のゴーストはヒステリックに「何なの!?」とか、「私を放っておいてよ!」とか言っていた。
確か、三階の女子トイレは使わない方が良いと聞いた時、同時に彼女の名前も聞いた事があった筈だが、名前は覚えていなかった。
「あたし、名前・名字。貴方の名前は? 此処に住んでるの?」
「――マートルよ!」
そうがなった女の子のゴーストは――マートルは今や真珠色の顔を羞恥に染めていた。「此処に居たら何だって言うのよ!」
「別に、ただ辺りに水が広がってるのは、ゴーストでも気分良くないかなって思っただけ」
名前がそう口にすると、マートルは閉口した。
水浸しの床に杖を向け、名前がうろ覚えの呪文で掃除をし始めたのは、トイレの中まで入ってきてしまった以上、いつ何時この水が自分のせいになるか解ったものじゃないからだ。名前は管理人や、教師達に目を付けられている。まあ、流石に意地悪なフィルチでも、これを行ったのはマートルだと認めてくれるかもしれないが。
マートルは始めの内はあれこれ喚いていた。やれ誰も自分を相手にしないだの、やれ皆が自分の陰口を叩いているだの。しかし名前が生返事をしている内に、段々と気が変わってきたようで、やれそんなやり方じゃ駄目だだの、やれ呪文が下手くそだだの、掃除をするつもりがあるのか解らないだのと言い始めた。正直、それはそれでうるさい。「いい、呪文はスコージファイよ!」
名前がマートルから教えられた清め呪文を使うのを諦め(マートルは怒っていた)、用具入れにうっちゃられていたモップであらかた水を掃き終えた時、ある種の達成感が生まれていた。マートルが「まあまあね」と言ってくれたのも気分が良い。
「そうだ、ねえマートル、厨房がどこにあるか知らない?」
何となく仲良くなれたと思っていたのに、次の瞬間にはマートルは泣き叫びながらトイレの中に入っていってしまった。名前は目を丸くしながら、飛び散った水を再び拭き取り始めた。
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