26

 寮に戻ってから、名前は早速チャーリー・ウィーズリーへ向けて手紙を書いた。自分はホグワーツの一年生であること、ハグリッドとケトルバーン先生からの紹介でこの手紙を書いているということ、自分はドラゴン関係の仕事をしたいと考えており、ドラゴン使いの仕事はどんな事をするのかや、どういう勉強をしておけば良いかを教えて欲しいと思っている等々。
 梟小屋へ行き、デメテルを探す。暫く探したが、シロフクロウの傍に隠れていた。デメテルはメンフクロウなので、白い梟の隣に居れば、色味が似ていて隠れられると思ったのだろうか。名前が再度名を呼ぶと、不服そうに降りてくる。
「あんた、そんなにあたしの事嫌いなの?」
 デメテルはカチカチと嘴を鳴らした。「あなたが男の子って知らないで、女神の名前を付けたのは悪かったと思うけど」
 それでも、これをルーマニアのチャーリー・ウィーズリーにお願いできる?と尋ねると、奪い取らんばかりだったので、名前は丁寧に手紙を彼の足に結んだ。夜空の中飛んでいくデメテルに、「気を付けてね」と声を掛けた。

 クリスマス休暇が始まった。朝方、名前はハンナ達を見送るため、皆と一緒に玄関ホールへと向かった。本当に帰らないの?と小声で尋ねるハンナに、「まあね」と小さく返す。
「こんなに寒いのに、みんな舟に乗らなきゃならないんだね」
 名前がわざとそう言うと、スーザンが「違うわ」と呆れたように言った。
「湖を渡るのは入学の時と、卒業の時だけよ。上級生達がそう言っていたわ。私達は馬車に乗ってホグズミードの駅へ行くの」
「あ、そうなんだ」
 道理で皆、湖の方に行かないわけだ。スーザンの胡乱な視線を感じたが、名前は気にしなかった。
 馬車の順番を待つ間、名前達は休みの間に何をするかや、どこへ遊びに行くか等で盛り上がった。馬車の順番が近付いてくると、流石の名前も寂しさを感じないではいられなかったのだが、生徒達が乗る馬車の全貌が見えてくるにつれ、そんな感慨は吹き飛んでしまった。
 ――セストラルだ。
 骨と皮ばかりの黒い体躯に、蝙蝠のような翼が生えた馬が馬車を牽いていた。目は白濁していて、虚ろな表情で前方を見詰めている。天馬の一種で、かなり珍しい筈なのだが、既に出発した分を入れると百頭以上居るかもしれない。雪景色の中に立っているセストラルはかなり不気味で――格好良い。
 ハンナは見れば相当怖がっただろうという風貌だが、どうやら彼女には見えていないようだった。セストラルは死を身近に目撃した者しか見ることができないのだ。どうやらハンナどころか、名前の周りの友達は全員見えていないらしい。彼女達の反応を見るに、馬無しの馬車だと感動しているようだった。
 セストラルが吐く息も、彼女達には見えないんだろうか。
 そんな事を思っていると、後ろ側に居た男の子が名前と同じくセストラルが見えているらしいことに気が付いた。周りの生徒が馬の事を気にしていないからか、それともセストラルが単純に気味の悪い姿をしているからか、かなり不安げな顔になっている。
 名前は思わず「そんな顔しなくても、あの馬達は襲ってきたりしないよ」と声を掛けた。
「まあ、肉食だから怒らせるのはお勧めしないけどね」と付け足すと、かなりぎくりとしたらしい。
「君、あれが見えるのか?」
「自分にしか見えないと思ってたの?」
 名前がそう尋ね返すと、男の子は気を害したようだ。名前は肩を竦めた。

 ハンナ達がセストラルの牽く馬車に乗り込むのを見ていると、名前も段々と羨ましくなってきた。馬車自体は空を飛ぶわけではないようなのだが、天馬の馬車なんて今まで乗った事が無い(そう考えてから、普通の馬車にも乗った事があるわけじゃないと気が付いた)。しかしながら、馬車に乗れば誰も居ない家に帰らなければならないのだから、そう乗りたいものでもないと思い直した。
 名前は友人達を見送ると、踵を返し、やっと家に帰れると嬉しそうにしている生徒達の脇を通って城に戻った。


 正直な話、友達が皆帰ってしまって(ハッフルパフの一年生でホグワーツに残ったのは名前一人だった)不安を感じなかったわけではないのだが、すぐに慣れてしまった。一年生が居ないだけでハッフルパフの上級生は十人以上残っていたし、元々名前は一人で過ごすのは得意だったからだ。
 OWLやNEWTの勉強の為に残ったのだろう上級生達は、皆名前に暖炉に一番近いソファーを譲ってくれたし、殆ど誰も居ない図書室で本を読むのはかなり優越感があった。それに、名前は人の少ない今を狙ってホグワーツ城の探索を始めた。ウィーズリーの双子が抜け道を知っていて損は無いと言っていたし、先日クィレルが言っていた厨房がどこにあるのかも気になっていた。ホグワーツ中をあちこち歩き回ると、寮に戻る頃にはすっかり疲れてしまうのだった。
 クリスマスの朝、名前は一人、届いていたプレゼントを開封した。キングズリーはいつものように本を寄越したし(数年前から、彼は名前に本しか寄越さなくなった。もっと勉強しろという事なのだろうか?)、マグルの友達からもいくつかプレゼントやカードが届いていた。
 クラッブは例年通り、名前が大好きな蛙チョコレートの大箱をくれた。名前が好きなのを覚えてくれているのだろう。おかげで暫く退屈しないだろう。
 また、ホグワーツで友達になった人達からは思っていた以上に沢山のカードや、プレゼントが届いていた。ハンナは可愛らしい髪留めをくれた。日によって色が変わるらしい優れものだ。名前が自分で付けるには可愛らしすぎると思ったが、気持ちは嬉しかった。ジャスティンは洒落た手帳(マグル製ではなく、魔法界の手帳だ)をくれたし、スーザンは大きなフルーツケーキをくれた。
 驚いた事に、セドリックも名前にプレゼントを贈ってくれていた。何の変哲もない羽ペンだったが、名前は彼に何も贈っていなかったので、慌ててカードを書いた。その他にも想像以上に沢山のカードが届いていて、名前は返事を書くのに殆ど半日費やすことになった。

 クリスマスから二、三日経ったある日、名前は廊下で思い掛けない人物に出会った。ダンブルドアだ。
「こんにちは、ダンブルドア先生」
「こんにちは」そう応えてから、ダンブルドアは「ミス・名字、家に帰らなかったのかね?」と不思議そうに尋ねた。休暇前に会った時も思ったのだが、ダンブルドアは生徒一人一人の名前を把握しているのだろうか。もちろん、名前の素行が悪いので覚えているという可能性もある。
 名前がおずおずと頷くと、ダンブルドアも「そうか、そうか」と頷いた。「わしも、出来ることならホグワーツに残りたいと思ったものじゃ」
 学生時代のダンブルドアを想像しようとしたが、どうにも長い髭が邪魔をした。笑い出しそうになるのを堪えていると、「時に、ミス・名字」とダンブルドアが言った。
「君に少しだけ手伝って欲しい事があるのじゃが、今時間はあるかね?」
「手伝って欲しい事?」
 名前が大丈夫だと頷くと、ダンブルドアは嬉しそうにした。

 ダンブルドアについて歩いて数分、辿り着いたのは使われていない教室だった。二人で部屋に入ると、中には大きな姿見が置かれていた。金色の装飾が見事だ。その鏡は天井に届きそうなほど大きく、これほど大きければハグリッドも不便しないだろう。
「すまんが、手を出してくれぬか」
 言われるがまま、名前は右手を差し出した。そっと手のひらの上に置かれたのは、クルミほどの大きさの赤い石だ――血のように赤い。
「これ、何ですか? 宝石?」
「さて、そうであるとも言えるし、そうでないとも言える」
 宝石でもあるし違うとも言える石というのは何だろう。宝石のように綺麗だが価値は無い石なのか、宝石のように取引されるがガラスでできているとかだろうか。これをどうするのかと尋ねれば、鏡に入れて欲しいのだと言う。
「鏡に入れる……?」
「わしが入れようとすると、入れる・・・のではなく隠して・・・しまうのでな」
 なおもぽかんとしている名前にダンブルドアは微笑み、鏡の前に立ち、この石を鏡に入れたいと思うと、鏡の中に入れることができるのだと言った。鏡ではなく、鏡の振りをした収納棚なんだろうか。名前はダンブルドアの言った通り、大きな鏡の前に立った。

 何も起こらない――そう思ったのは束の間、鏡の中の名前が手を振った。名前は当然ぎょっとした。決まり文句を喋る鏡ならよく売っているが、鏡に映る自分が勝手に動く鏡は聞いたことがない。やっぱり姿見としては使いづらいかもしれない。
 鏡に映る名前は何事かを話しているようだったが、言葉は聞こえなかった。暫くすると、鏡の名前は何らかのジェスチャーをし始めた。石を自分に渡して欲しいという事らしい。
 困ってしまってダンブルドアを見ると、ただ優しく微笑んでいる。考えた末、名前が赤い石を鏡面に押し付けるようにすると、石はいつの間にか無くなっていて、気付けば鏡の中の名前が持っていた。
「ふむ、首尾良く鏡の中に入れてくれたようじゃな。鏡に映った君はどうしているかね」
「えーと……」名前は言葉に迷った。「さっきの石を投げて遊んでます」
 ダンブルドアはくすくす笑いが止まらなくなってしまった。「この石が何なのかは、いずれ知る時が来るじゃろう」

 ふと視線を感じ、鏡に再び目をやると、いつの間にか写っていた筈の名前の姿は消え、鏡には巨大な黒いドラゴンが映っていた。名前がぎょっとしてたじろぐと、ドラゴンは名前をじっと見つめ、それからウィンクをした・・・・・・・
「どうしたのかね?」
「鏡にドラゴンが映っていて……」
「ドラゴン? ふむ……」
 ダンブルドアは少し考えた素振りをした。「ドラゴンの周りに君が居るのではないかね。箒に乗っていたり、ドラゴンの背に乗っているのではないかね?」
「いえ、居ないみたいです」
「なるほど、なるほど」
 先生は何事かを納得したようだったが、名前には教えてくれなかった。
 やがてダンブルドアが杖を振ると、鏡は立ちどころに掻き消えた。どこか別の場所へ移したらしい。また、名前が手伝ったことに対して礼を言い、ハッフルパフに五点をくれたので名前は驚いた。大したことはしていない筈なのだが、こんな事で加点が貰えるなら毎日でも良い。
「あの鏡は何なんですか? どういう仕組みなんですか?」
「あれはみぞの鏡と言ってな。その人の心にある、一番強いのぞみを写す」
「のぞみ……」
 ダンブルドアと別れてから、名前は自分の『のぞみ』が何なのかを考えた。そして結論が出る頃には、謎の赤い石の事なんてすっかり忘れてしまった。


 ――この日、石くれを金に変え、命の水を生み出し、クィリナス・クィレルをグリンゴッツへ向かわせ、そして破滅へと追いやる賢者の石は、たった一人の女の子の手に渡った。苦労を苦労と思わない、善良な十一歳の女の子の手に。
 当然ながら、名前・名字はその石が何なのか知らなかった。ニコラス・フラメルの名は知っていても、彼が何を為したかは知らなかった。命の水が何かを知っていても、永遠の命に興味が無かった。彼女は尊敬する校長に言われるがまま石を鏡に入れたいと願い、そしてみぞの鏡の前に立った。アルバス・ダンブルドアの誤算はただ一つ、仮に名前がこの赤い物体が賢者の石だと気付いていたとしても、彼女は鏡の自分に手渡しただろうという事だ。

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