ほらデュミナスはすぐそこに

 近所に有名人が居る。
 テレビの取材が来るほどの「天才少年」だったあの子は、いつしか「S級ヒーロー」になっていた。
 あの子は小学校へ行くのも、サッカーをして遊ぶのも、いつも一人だった。賢さ故の苦悩があったのではないか、と、名前は勝手に思っている。別に子供は嫌いではなかったし、部活もしていなかった名前は、毎日あの子と一緒にサッカーをしたり、宿題を見てあげたりしていた。もっとも私は運動はからっきしだったし、宿題は見てあげるどころか見てもらうくらいだったが、それでもいつも一緒に居た。あの子の方も、それを楽しんでいたのだと思う。

 私が大学生になったからか、あの子がS級ヒーローになったからか、いつしかあの子と会うことは少なくなった。しかし近所に住んでいるわけだから、時々は鉢合わせすることもあるわけで。今日はその「時々」の日だった。
「あ! 名前さん!」
 名前の知り合いの中で、これほど高い声をした人間は一人しか居ない。聞き慣れたボーイソプラノに振り返れば、あの子――つまり童帝くんが駆け寄ってくるところだった。
 黒光りするランドセルが、ガッチャガッチャと似つかわしくない金属音を立てている。缶のペンケースか何かだろうかと思いつつ、そうではないことは解っている。S級ヒーロー童帝が背負うランドセルには、弁慶の七つ道具も驚愕するくらい、沢山の武器が備えられているのだ。
 童帝は勢いよく名前に抱き付くと、ぐりぐりと頭を押し付けて、「久しぶりだね名前さん!」と嬉しそうに言った。ちょうど臍の辺りに彼の顔があり、痛くはないが少しこそばゆかった。
「久しぶり、童帝くん」と、名前も笑った。

 背、ちょっと伸びたねえと言うと、隣を歩く童帝はぱっと顔を上げ、「解る?」とはしゃいだように言った。
「この間の身体測定じゃ、前の時よりも3センチも伸びてたんだ! 多分、名前さんと前に会った時よりも1.7センチは伸びてるよ!」
「そうなんだ。良かったねえ」
「うん!」笑顔で童帝は頷いた。「すぐに名前さんも抜かしちゃうからね!」
「ははは。童帝くんは男の子だからねえ、多分あと三年もしたら抜かされちゃうかもねえ」
 わしゃわしゃと彼の柔らかな髪を掻き混ぜてやれば、童帝はちょっとの間名前を見詰めて、それから言った。「そうしたらもう、名前さんだって子供扱いしないでくれるよね」

 名前は愛想笑いを続けたが、童帝も同じように作り笑顔で笑った。それはそれは、見ている方が笑顔になってしまうような、とても綺麗な笑顔だった。
「僕、名前さんの弟になりたいわけじゃないんだ」

 名前が何も答えられないでいると、童帝は「あ!」と自身の腕時計を見た。塾に行かなければならないのだそうだ。じゃあね名前さん、また今度ね!と手を振りながら、童帝は走っていく。名前も手を振り返しながら、講義が休講になった時も学校に居ようかな、と、ぼんやり考えていた。

[ 400/832 ]

[*prev] [next#]
[モドル]
[しおりを挟む]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -