23

 クリスマスが近付いてきていた。大広間には十二本ものツリーが運び込まれていて、寮監の指示の下、監督生達が飾りつけを行っていた。上級生達の反応を見ていると、どうやらクリスマス休暇にも宿題が出されるらしく、一年生達は折角のホリデーが潰れたらどうしようと怯えていた。
 休暇中は生徒は家に帰ることになるのだろうなと思っていたが、希望者は学校に残る事もできるようで、名前は帰省しない生徒のリストが貼り出された時、すぐさま名前を書いた。キングズリーはクリスマスに帰ってくるように言っていたし、何なら再三帰省を促す手紙を寄越していたが、名前は全て断っていた。彼と暮らし始めてまだ五年も経っていないが、クリスマスを一緒に過ごせた試しが無いからだ。今年は新人が入ってきてその教育もしているらしいし、尚更無理だろう。
 友人達は名前が学校に残る事に気付くと、何故帰らないのかと問い掛けてきたが、名前はきちんと答えなかった。大半は親と仲が悪いのだろうと思ったようだった。当たっているとも、当たっていないとも言えるが、わざわざ言い触らす事でもないし、多いわけではないが名前以外にもホグワーツで過ごす生徒は居るようなので気にしなかった。

 ハーマイオニー・グレンジャーは、名前の新しい友達の一人だった。両親はマグルらしいが、読書が好きらしく、何でも知っている優等生だ。彼女は名前と同じ一年生だが、グリフィンドールの生徒だった。薬草学の時、真っ先に先生に褒められるのはいつも彼女だ。普段の授業ではそういう役を持っていくのはアーニーだったが、グリフィンドールと合同の授業でだけはそうはいかない。アーニーがいつも悔しそうにハーマイオニーを見るので、名前は少し良い気分だった。
 そんなハーマイオニーと仲良くなってから、名前は宿題に困る事は無くなった。レポートを写させてくれることは無いが、彼女はどの本を見れば正しく理解できるかを教えてくれるし、宿題の答え合わせをしてくれる事はあるからだ。
 問題があるとすれば、名前が毎日図書室に通っている時期に知り合ったせいで、ハーマイオニーが名前の事を本好きの優等生だと勘違いしていることだった。「名前、ニコラス・フラメルって知ってる?」

 ハーマイオニーにそう問い掛けられ、名前は首を横に振った。「誰?」
「それが解らなくて。もしかして、名前なら知っているのじゃないかと思って」
 何を根拠に、名前なら知っているかもしれないと思ったのだろう。名前も本は嫌いじゃないが、彼女ほど読書家ではないのだ。そもそも名前が知っているとすれば教科書に載っている人物か、さもなくば魔法生物関連でしかないのだが、ハーマイオニーはそれを知らない。名前は少し考えたが、まったく聞き覚えの無い名前だった。
「その人、魔法使いなの? 何かの本で見た名前?」
「魔法使いではあると思うわ。――多分、本で見たんだと思うけど、思い出せなくて」
「思い出せない?」
 どの本のどのページにどの記述がされているか覚えている彼女が、どの本に載っていたのかを思い出せないなんてことがあるのだろうか。実際のところ、ハーマイオニーはフラメルの名を本で見たわけではなかったのだが、彼女との付き合いが浅い名前には彼女の嘘が見抜けなかった。
「ハーマイオニーが知らない事、あたしが知ってるわけないよ」
 名前がそう口にすると、ハーマイオニーは少し赤くなった。
「そんな事ないわ。私、まだ何にも知らないもの」
 ヨーロッパの人だと思う、としか言えない名前に、ハーマイオニーも「そうよね」と頷くしかなかった。

 何の人なのかも解らないのでは探しようも無かったが、名前が司書のマダム・ピンスに聞いてみてはどうかと提案すると、ハーマイオニーは慌てた様子で事情があってそれはできないと言った。
 司書に尋ねられない事情とは何だろう。少し考えたがさっぱり解らなかった。マダムは結構きつい所があるので、尋ねるのが怖いとか、そういう事だろうか。
「じゃ、あたしが代わりに聞こうか?」
「いいの、気にしないで」
 ハーマイオニーがそう言うので、名前も頷いた。考えてみると、いくら図書室の司書でも、どこの何の分野の人なのかも解らない状態では探しようがないかもしれなかった。どこかでフラメルを見掛けたら教えると約束し、名前は図書室を出た。


 ハーマイオニーは両親が歯科医だと言っていたので、マグル生まれの筈だ(もちろん、魔法族出身で医者になる変わり者も居るかもしれないが)。となると、彼女が魔法使いの名前を知るルートは限られてくる。そして記憶力が良い彼女が思い出せないほどなのだから、かなり前に読んだものか、もしくはよほど無名な魔法使いだろう。
 彼女が一番初めに触れる魔法界の書籍は、恐らくホグワーツの教科書だ。名前もある程度は読んでいるが、フラメルの名前は覚えていなかった。授業で紹介された覚えもないし、そうするとバグショットの『魔法史』が怪しいだろうか。『魔法史』はかなり分厚いし、魔法界の歴史がダイジェストで纏められているので、なかなか隅々までは覚えられない筈だ。
 ふと、前方の廊下を濃紺のローブの魔女が歩いていることに気が付いた。ホグワーツの生徒は全員黒いローブを着ているので、それ以外の色のローブを着ているのは教員の筈だ。先生に聞けば何か解るだろうと――まさか、ハーマイオニーが規則破りに類することを調べているからマダム・ピンスに聞けないのだとは露にも思わず、名前はその先生に話し掛けた。「先生、すいません!」
 振り返ったのは若い女性教師で、名前は知らなかったが、食事の時に何度か見た事がある人だった。しかし、彼女の隣に立っていた人物が問題だ。その女の先生は、名前から死角になっていた曲がり角の先に居た人と話していた。

 スネイプは同僚に話し掛けたのが名前だと知ると、かなり怪訝そうに名前を見やった。正直に言って居心地が悪い。お話し中だったんですねすみません、と立ち去ろうとしたのだが、その女性教師は、「あら、気にしなくて良いのよ」と先を促してくれた。一年生の生徒を気遣ってくれたらしい。
「えーっと」名前はついつい口籠ってしまった。スネイプは普段、名前や他の生徒の発言の揚げ足を取って嫌味を言ってくるので、彼に見られているとかなり話し辛い。しかしながら、まさか他の先生が居る場所でまで嫌味を言ってくることはないかもしれないと思い至った。「その、先生、ニコラス・フラメルって誰か知ってますか?」
「ニコラス・フラメル?」
 女の先生はそう繰り返してから、不思議そうな表情で名前を見た。「今の一年生って、随分難しいことを勉強するのね……」

 先生はフラメルの事を知っている様子だった。これでハーマイオニーに教えてあげられるかもしれないと思った矢先、それまで黙っていたスネイプが「フラメルだと?」と口にしたのでどきりとする。かなり機嫌が悪い時の声音だ。
「そうね、セブルス、あなたの分野よね」女の先生が言った。
「……我が輩の授業では触れた覚えはありませんな。ミス・名字はいったいどこでその名を知ったのかね」
 ――直感的に、ハーマイオニーの名前を出すのはまずいと思った。
 女の先生は気付いていないようだったが、今のスネイプは授業で大失敗した時に嫌味を言う時とはまた別の、有無を言わさないオーラを出していた。彼の真っ黒な暗い目に睨まれると、思わず本当のことを言ってしまいそうになるが、何とか取り繕う。
「その、『魔法史』に載っていて」
「『魔法史』だと?」
 スネイプが眉をぎゅっと寄せた。当てずっぽうで言ったが、もしかして『魔法史』に取り上げられないような、無名な人物なんだろうか? しかしながら、女の先生が「確かに、『魔法史』なら氏の名前は載っているかもしれませんね」と言ったことで、名前は内心ほっとする。
「そうですな」スネイプがやけに明るい声を出した。「チャリティー、君の仰る通り。フラメル氏の成した偉業は、間違いなく『魔法史』に刻まれるべき功績だ。しかし、であれば、彼が成した事の全てを『魔法史』は教えてくれると思うが、ミス・名字、フラメルの名を知っているのに彼が何を成したのかは知らないのは何故なのかね?」
 自分がやらかしてしまった――ニコラス・フラメルが『魔法史』に載るような著名な人物だという読みは正しかったが、同時にどういう事で有名なのかも載っているほど著名なのだという事までは想像できなかった――ことは確かだが、同時に疑問も湧いてきた。何故スネイプは、名前がフラメルの名を知っている事に、ここまで神経質になっているのだろう。大人げなく依怙贔屓をするスネイプの事だから、名前の事が気に食わない為に難癖を付けている可能性が無いわけではないが。
 異様な圧を掛けながら名前の返事を待つスネイプと、状況が飲み込めておらず不思議そうにしている女の先生。どういう言い訳をしようとも論破されてしまう気がする。万事休すだ。

 結果的に、名前はそれ以上何も喋らなくて済んだ。たまたま通り掛かったダンブルドアが、スネイプを宥めてくれたからだ。おそらく、スネイプが幼気な一年生を虐めていると思ったのだろう。二人の先生の背を見送りながら、名前はほっと胸を撫で下ろした。もう大丈夫だ、ダンブルドアが来てくれたのだから。
 名前よりずっと背が高いダンブルドアだが、彼に見下ろされても緊張するどころか、不思議と安心できた。彼と話をするのは初めてだったが、ずっと昔から知っているような気さえしてくる。
「ミス・名字、スネイプ先生と何を話していたのかね?」
「その……ニコラス・フラメルがどういう人なのか、教えて頂きたくて聞いてました」
 ダンブルドアは半月眼鏡の奥で一、二度目を瞬かせた。名前は彼が淡いブルーの目をしていることに気が付いた。
「――フラメルはわしの古い友人じゃ。彼の名は世界中の人が知っているからして、いずれ授業の中や、勉強を続ける内にまた出会うこともあるじゃろう。しかし、君がいかに優秀な魔女でも、一年生が学ぶには彼の事業は複雑過ぎる。知るのはまだ先でも良いじゃろう。君がもし、フラメルの事を知りたければ、これからもよく学び、そして六年生になってから調べることじゃ。ホグワーツにはその準備があるのでな」
 ダンブルドアにそう告げられ、名前は頷いた。スネイプが名前がフラメルの名前を知っていることに異様に反応したのは、果たして本当にそういう理由だったのだろうかとは思うものの、ダンブルドアが言うならそうすべきではないかという気がするのだ。恐らく、これ以上フラメルの事を調べないようにという警告をしてくれたのだろう。

 もしかして、フラメルは闇の魔法使いなのだろうか。ダンブルドアと別れた後、名前はそんな風に思った。調べてはいけない人物となると、それくらいしか思い付かない。しかし闇の魔法使いとダンブルドアが友達なわけはないのだし、六年生になったら調べても良いと言われたのだから、その線は薄いだろう。
 後日、ハーマイオニーに自分が知ったフラメルの事――ダンブルドアの友人である事、スネイプの分野であるという事、『魔法史』に名が載っていてもおかしくなく、載っているとすれば彼が成した事業も一緒に載っているだろうという事――を伝えると、彼女は暫く言葉を失くしていた。
「ハーマイオニーが何の本で知ったのかは解らないけど、まだ早いって言われたし、これ以上調べないよね?」
「……ええ、もちろんよ名前」
 ハーマイオニーはそう言って微笑んでみせた。「本当に、本当にどうもありがとう!」
 名前はハーマイオニーの返事をいまいち信じ切れなかったが、フラメルの事が難しくて調べるなという意味だったら、頭が良い彼女であれば問題無いかもしれないと、無理やり納得することにした。

[ 858/921 ]

[*prev] [next#]
[モドル]
[しおりを挟む]