18
十月も終わりに差し掛かっていた。凍て付いた冬の風がホグワーツの至る所を駆け巡っていたが、友達と過ごしていると少しも気にならなかった。
そんな中、この頃ホグワーツを賑わせているのは、あのハリー・ポッターが寮代表のシーカーに選ばれたという噂だった。どこから流れて来た噂なのかは解らないが、どうやら本当のことらしい。一年生は選手になれない決まりなので、皆まさかと思ってはいるのだが、同時にあのポッターなら有り得るかもしれないとも思っていた。百年ぶりの一年生の寮代表、しかも一番の花形であり一番危険なポジションであるシーカーをいかに務めるか、皆気になっているようだ。
「――魔法使いもハロウィーンを祝うんですか?」
土曜の朝、長テーブルの少し離れた席で、ジャスティンがそう言っているのが聞こえた。
「そうさ。今でこそマグルとの距離は一定に保たれているけど、昔は魔法族は隠れていなければならなかったから、年に一度のハロウィーンは盛大にお祝いするんだ。パパとママは、ホグワーツのハロウィーンはそれはもう豪華だと言ってたよ。マグルだってハロウィーンを祝うんだろ?」
「ハロウィーン自体はありますけど、お祝いすることはあまりないですね。最近はアメリカ式のものも流行ってはいるみたいですが……それにハロウィーンより、ガイ・フォークス・デーの方が盛大ですよ。篝火を焚いたり、街中で花火を打ち上げたり……」
「何だいそれ。随分と野蛮な祭りだな。もしかしてだけど、まさかマグルはクリスマスも知らないなんて言うんじゃないだろうね?」
「……クリスマスは知っていますけど……」
マグル界で育った名前には、ジャスティンが困惑しきっている理由が正しく理解できた。キリスト教徒からしてみれば、魔女や魔法使いなんて異教徒中の異教徒だ。それなのに、やっと共通の話題が出来たと魔法使いが嬉しそうにしているのは、マグル生まれのジャスティンとしてはかなり違和感があるのだろう。名前も彼が話している相手がアーニーでなければフォローを入れるところだが、結局何も言わないまま、黙ってトーストを齧っていた。ちなみに、ジャスティンは「魔法界ではクリスマスをどのようにお祝いするんですか?」と上手く方向転換していた。
『彼ら』の姿を見ると名前はパッと立ち上がり、ハンナとスーザンに「また後でね」と声を掛けた。二人が不思議そうに返事をする頃には、名前は二人の元へ駆け寄っていた。「フレッド! ジョージ!」
大広間から出て行こうとしていた二人は立ち止り、名前の姿を見咎めると揃って「よう」と返事をした。
フレッドとジョージはあの時以来、宣言通り名前を禁じられた森に連れて行こうとはしなかったが、名前は彼らと良い関係を築いていた。初めて出来た寮の違う友達と言っても差し支えないだろう。ちなみに、彼らが森に行こうとしないのは、彼らが以前言ったように時期が悪い事と、単純に次の土曜日にクィディッチの試合を控えているからに違いない。フレッドとジョージはグリフィンドールクィディッチチームのビーターだ。
「これから村へ行くんでしょ? 今年初めてのホグズミード休暇だって聞いたよ」
ホグワーツでは、三年生になると月に一度程度、ホグズミードという近隣の村に遊びに行って良いという事になっていた。村にはお菓子屋とか、パブとか、色々な店が並んでいるらしい。イギリスで唯一のマグルが居ない村なので、未成年の魔法使いが大勢押し掛けても問題ないというわけだ。
一年生の名前は当然遊びに行けないが、寮の掲示板に告知が出ているのを見ていた。
「まあな」双子の片方が言った。
「まさか名前、ホグズミードにも連れてけってんじゃないだろうな」
「僕達ほど村に詳しいホグワーツ生は居ないから、その気持ちは解るけどな」
「違うよ」名前は否定した。「あたし、別に行きたくないもん」
「そうじゃなくて、二人にお願いがあって」
「お願い?」
煙突飛行粉を買ってきて欲しいと言うと、二人は不思議そうな顔をした。
「ちいちゃな名前ちゃん、入学して二か月で、もうホームシックなんでちゅか?」
げらげら笑っている双子を見ながら、名前は口をへの字にした。ハッフルパフの上級生だったら使い道をあれこれ聞いてくるかもしれないと思い、わざわざ二人に頼んだのだが、間違いだったかもしれない。
「うっさいわよジョージ!」
「馬鹿、今のはフレッドだ」ジョージが不服そうに言った。
「知らないなら教えるけど、ホグワーツの暖炉は飛行ネットワークが組み込まれてないぜ。ま、君が先生の部屋に忍び込んで暖炉を使うってんなら話は別だけど」
「おすすめはスネイプだ。奴さん、今年に入ってますます陰険になってる。きっと楽しいぜ」
「ぜっ、たい、嫌!」
名前が唸ると二人は笑った。何に使う気か知らないが買い物を頼まれる分には構わない、しかしそれ以前に家にあるのを持ってきたら良かったのではないかという指摘には、名前は聞かなかったふりをした。流石の名前でも、まさかアッシュワインダーを作ろうとしているとは言えないだろう。そして過去にも自宅で作りかけた事があり、それ以来煙突飛行粉を没収されているということはもっと話したくなかった。
理由を話さない名前を見て、どうやら二人は名前が何らかの規則破りをするつもりなのだと解釈したらしく、ちゃんと買ってきてくれると約束してくれた。
ハロウィーンの晩、ホグワーツの生徒達はほとんど全員が大広間に集まっていた。各寮のテーブルには、入学の時と同じ金の皿が並んでおり、宙に浮かぶ蝋燭の合間を沢山の蝙蝠が飛び交っていた。ダンブルドアが短い挨拶(本当に二言、三言だけだった)をすると、全ての皿がご馳走で満たされた。パンプキンパイは勿論、キャセロールやローストビーフなど様々だ。名前達は大喜びで食べ始めたが、パーティーは長くは続かなかった。
大広間から玄関ホールへ続く扉がぱっと開いたかと思うと、若い男が駆け込んできた。大きな紫色のターバン。クィレルだ。
誰も何も話さず、クィレルの動向を伺った。彼の表情から、パーティーの演出ではないことを自然と感じ取っていたのだ。段々と、大広間は静まっていった。クィレルはダンブルドアの元まで辿り着くと、息も絶え絶えにトロールが地下室に侵入したと伝えた。トロールは人型をした魔法生物だ。巨人ほどではないが巨大で、そして知能は低い。
大広間は大混乱に陥った。悲鳴が伝播し、興奮が狂騒に変わった。誰もが立ち上がり、逃げ出そうとした。ダンブルドアは杖を振り上げて何度か爆竹を鳴らし、生徒達の注目を集めた。監督生の指示の下、名前達はそれぞれの寮に戻る事になった。パーティーは途中で終わってしまったが、各寮に避難した後、続きを行っても良いようだ。
ガブリエルの後ろを歩きながら、名前はそわそわしていた。クィレルは地下室にトロールが出たと言っていた。ハッフルパフ寮は地下にあるし、ひょっとするとちらっと姿を見ることができるかもしれないではないか。しかし、そんな名前の考えを察したのだろうか、ハンナが「絶対に駄目……!」と泣きそうな顔で訴えてくるのでやる気が削がれてしまった。もちろん、元々探しに行くつもりなんて少しもなかったのだが。
「……大丈夫だよ」名前は静かに言った。「この辺は天井が低いでしょ、トロールの身長じゃつっかえちゃうよ。このまま寮に入れば全然心配いらないよ」
名前がそう言いながら手を繋ぐと、ハンナはそのままめそめそと泣き出してしまった。よほど怖がらせてしまったらしい。スーザンに呆れたように見られながら、名前はハンナを慰め続けた。結局彼女が泣き止んだのは、談話室に入って用意されていたパンプキンパイを食べてからだった。なお、トロールは無事に退治されたとスプラウト先生から告知があり、生徒達は安堵の溜息をついた。
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