17

 フレッドとジョージは、目当てのものは手に入れたので城に戻ると言った。元々その予定だったのだと。当然、禁じられた森に入ったのが初めてだった名前は抵抗した。まだ三十分も経っていないし、それどころか変わり者のケンタウルスにしか会っていないのだ。が、二人は頑として頷かなかった。「君が是非また二百点減点されたいっていうなら、僕達だって止めないけどね」

 名前はフレッドに手を引かれながら、それ以上に後ろ髪を引かれながら禁じられた森を後にした。
「ねえ、ユニコーンが居たよ!」
 後ろを振り返りながら歩いていた名前がそう言った。
「さっきのあいつだろ」
「ああ、フィレンツェのやつはそういう色味だったからな」
 フィレンツェはベラドンナを採った後、名前達が小道に帰っていくのを見てだろうか、気付けば木立の中に姿を消していた。彼が見送りに来た可能性もゼロではなかったが、そんな事がある筈がないと解るくらいには名前はケンタウルスに対して無関心ではなかったし、そもそもフィレンツェは金色の毛並みであって銀色ではない。
 遠くにちらっと見えた光は、確かに銀だった。
 絶対にケンタウルスじゃないと名前は言い張ったが、二人は取り合わなかった。


 元々さほど森の奥まで入り込んでいたわけではないので、禁じられた森から出るのは禁じられた森に入る時よりもっと呆気なかった。もっともフレッド達に言わせれば、目的を果たして帰る時にこそ最大の注意を払わなければならないのだという。先を歩くジョージが慎重に忍びの地図を確認し、それから名前達は素知らぬ顔で森から離れた。
 ハグリッドの小屋を通り過ぎ、巨大カボチャが立ち並ぶ畑の中を歩き、校庭を横切り、樫の大扉を開く頃には、名前の胸は再びドキドキしてきた。森に出入りした事への興奮が、次に森に行く時の期待へと変わったのだ。次はいつ行くのと名前が尋ねると、フレッドとジョージは顔を見合わせ、それから小さく吹き出した。
「解ってたけど君、全然懲りてないな」
「まったく頭が下がるよ、僕達だって必要な時にしか入らないのにさ」
 玄関ホールで三人は立ち止った。名前は地下のハッフルパフ寮に戻るし、二人は東のグリフィンドール塔に行くからだ。
「残念だけど、今シーズンはこれでおしまいさ」
「えーっ!」
 名前があんまり大きな声を出したので、玄関ホールに居た何人かの生徒が名前達を振り返った。慌てて口を押えると、二人はにやっとした。
「これから日が沈むのがどんどん早くなるだろ?」ジョージ――もしくはフレッド――が言った。「この辺は雪も結構積もるし、動きづらくなるからな」
「まあまた誘ってやるよ、機会があればな」
 それはもう誘ってくれないって事じゃないかと思ったが、名前が口を開く前に「名前!」と名前を呼ぶ声がした。振り返ると、驚くことにアーニー・マクミランだ。名前は内心で溜息をついた。
 近寄ってくるハッフルパフの一年生を見て、フレッド――もしくはジョージ――が「友達かい?」と尋ねる。名前は肩を竦めてみせた。
「ハイ、アーニー」
「君、いったい今までどこに居たんだい?」
 アーニーは背の高い他寮の三年生を見て及び腰になるどころか、相手が悪戯の名人と名高いウィーズリーの双子だったからだろう、小さな体を目いっぱい膨らませているように見える。名前はアーニーの目が二人が手にしていた革袋に走ったのを確かに見た。
「別に?」名前はしらばっくれた。「校庭を散歩してただけだよ」
「散歩だって?」
「この間、湖でヒッポカンパスの卵を見付けたの。でも割れちゃったから、また流れ着いてないかなって探してたんだ。二人にも――」名前はフレッドとジョージを見た。「――手伝って貰ってたんだ。探し物は得意だって言うし」
 アーニーは怪訝そうに名前を見ていた。名前があんまりにもすらすらと話すので、本当の事を言っていると思ったのかもしれない。フレッドとジョージがそれぞれ「まあな」とか、「今日は見付からなかったけどな」と相槌を打ったのも、事実を証明しているように見える。しかしながら、アーニーが「僕はさっきまで城の外に居たけど、君達の姿は見掛けなかったよ」と言ったことで、一気に信憑性が薄くなってしまった。

 名前は漸く、アーニーが何故話し掛けてきたのかを理解した。彼は単に名前が問題児の上級生と居るから呼び止めたのではなく、始めから名前に疑いを持っていたのだ。アーニーは、名前がまた森に行ったのではないかと思っている。名前は舌を巻いた。
 もっとも、どうやら名前が森に出入りした所を見たわけではなく、あくまで疑惑止まりのようだ。仮にアーニーがそれを目撃していたのだとしたら、もっと強く言ってくるだろうし、そもそもこうして話し掛けてこず、先生に報告をしているかもしれない。
「――あたしだってアーニーを見なかったよ」名前が言った。
「フレッド、ジョージ、またね。今度こそ卵を見付けようね」
「ああ、またな」
「じゃあな、名前」
 二人は心配そうに名前を見ていたが(もしも名前が森へ行ったことがバレれば、二人にも疑いが掛かるので当然だ)、それぞれそう口にすると、心なしか速足でグリフィンドール塔の方へと去っていった。名前は手を振って見送ったが、彼らの姿が見えなくなる前に自分もハッフルパフ寮への道を歩き出した。当然、アーニーはその後を追い掛けてくる。
「話の続きだけど」隣に来たアーニーがそう口を開いた。「君、本当に湖に居たのかい? それにヒッポカンパスって海に棲む魔法生物だろ、湖に居るわけないじゃないか」
「あたしだってそう思ったけど、ほんとに居たんだから仕方ないじゃん。あんなに大きな蛙の卵がある筈ないし。そうだ、今度見付けたらアーニーにも見せてあげるね」
「前に見付けたって? その卵はどうしたんだい」
「言ったでしょ、割れちゃったの。トイレに流して捨てちゃった」
 二人は玄関ホールを出て、階段を下りた。名前は寮までの道を歩きながら、アーニーをどうやり過ごそうか考えていた。しかしながら彼は諦めず、次から次へと質問を投げかけてくる。大きな樽が積まれている廊下まで来た時、初めて名前はアーニーをまともに見返した。辺りには誰も居なかった。
「アーニー、さっきからいったい何が言いたいの?」
 名前が立ち止まるのと同時にアーニーも立ち止った。「……君がまた、馬鹿なことをしでかしているんじゃないかと思ったんだ」


「馬鹿な事って?」
「禁じられた森に行くことさ」
「禁じられた森? アーニー、禁じられた森に行くのは禁じられてるんだよ。あたしはもう充分反省したし、今日だって近付いちゃいないわ」
「じゃあ、どうしてローブに枝が刺さってるんだ?」
 アーニーが指さしたところを見ると、確かに袖口に小枝が突き刺さっていた。名前は素知らぬ顔で枝を取り、「どっかで引っ掛けたみたいだね」と嘯いた。
「いったい何を考えてるんだ? 良いかい、生徒は禁じられた森に入っちゃいけないんだ」
「だから行ってないったら、今日は湖を見て回ってたの!」
「だったら証拠がある筈だろ!? 僕は君の姿を少しも見ちゃいない!」
「それじゃ、あたしが森に行った証拠があるってわけ!?」
 アーニーが黙り込んだ。勝ったのは名前だ。証拠なんてあるわけがない。森に出入りした時はフレッドとジョージが忍びの地図で確認してまで安全を確かめたのだし、森から持ち帰ったベラドンナを持っているのは彼らだ。それにそのベラドンナだって、禁じられた森で採取してきたものだと証明するのはかなり難しいだろう。唯一の懸念点は森で出会ったケンタウルスだが、彼が名前達が森に居たと証言するのは野生のデミガイズを見付けるより有り得ないことだ。もっとも、アーニーの読みは正しいわけだから、完全勝利というわけではないのだが、それはそれだ。
 名前一人なら兎も角、今回はフレッドとジョージの協力の元、禁じられた森に入ったのだ。二人が悪戯のスペシャリストで、誰にも見られていないとはっきりしているおかげで、こうして名前も強気でいられる。

 名前が入り口の樽を叩き始めると、「いいかい、今後は絶対に立ち入り禁止だからね」とアーニーが声を掛けた。手が途中で止まる。
「だから、入っちゃいないったら」
「どうだか。君、寮の事なんて少しも気にしてないだろう。どうせ次も減点と罰則を受ければ済むと思ってるんだ」
 図星だ。しかし名前が苛立ったのは、アーニーが口喧嘩に負けたくせに文句を言ってくるからではなく、名前を協調性のない規則破りだと始めから決め付けているからだ。
 名前だって、寮の皆を思うからこそ森へ行っていなかったのだし、湖探索だけで我慢しているのだ。アーニーはそれを知らないのだ。本当に名前が寮の事を気にしていなかったら、毎日禁じられた森に行く筈だ。
 ――もちろんそれは詭弁で、正しいのはアーニーだ。自分が百パーセント悪いにも関わらず、証拠も無いのに悪人呼ばわりしてくるという一点のみを逆手に取り、自分勝手に怒っている。
「いい、あたしは森になんて行ってないし、何だったら――」
 名前の言葉は途中で途切れた。アーニーと二人、ビネガーの滝に飲み込まれたからだ。


「――あっつい!」
 火傷するほどではないが、ビネガーは熱々に温められていた。もう少し長く降り注いでいたら、ひょっとすると茹で上がっていたかもしれない。
 いきなり降り注いできたビネガーは、いきなりぴたりと止まった。
 何が起きたのか解らなかったが、おそらく、名前が途中で樽を叩くのをやめてしまったので、寮に入るためのハッフルパフ・リズムが途中で止まってしまったのだろう。その為、寮のセキュリティが反応したのだ――ガブリエルは間違えると大変なことになるとは言っていたが、何が起きるのかは教えてくれなかった。

 ただでさえ熱いし頭から被って気持ち悪いのに、熱されたビネガーは目に入るとびっくりするほど痛い。名前達は泣きながら目をこすった。もちろん全身酢まみれなので、何の意味も持たないのだが。
 二人がわあわあ喚き合っていたのが聞こえていたのだろう、寮の扉が内側から開き、寮生達が顔を覗かせた。ビネガーまみれの一番乗りは誰だと興味津々の顔や、何が起きたのかと不安げにしている一年生、単純に笑っている上級生など様々だ。
 慌てて駆け寄ってきたセドリックがバスタオルを渡してくれたものの、名前の怒りは収まらなかった。名前はもう二度とアーニーと口を利かないと思ったし、彼も同様だったらしい。
 この日以降、名前はアーニーと顔を合わせても挨拶をしないどころか、わざと顔を背けるようになった。もっともこの騒動はまったくの序の口だったのだが、この時の名前はそれを知らなかった。

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