電気に強い男

 何度かの改装を繰り返し、複雑極まりない構造をしたジムにも、今ではすっかり慣れてしまっていた。ひょいひょいと仕掛けを潜り抜け、見知ったジムリーダーの元へと向かう。
「おーい、デンジー」
 そう呼び掛けて手を振れば、暇そうに座り込んでいたデンジは顔を上げた。彼の口が小さく動く。距離があり過ぎて何を言っているのかまでは解らなかったが、多分「何だ名前か」とか、そんな感じじゃないかな。
 それからものの数分で、名前はデンジの元へと辿り着いた。デンジの顔には、厄介事だろうなというある種の諦めと、この退屈さから抜けられるかもしれないという期待感とが半々に浮かんでいた。それが名前に解るのは、ひとえに付き合いの長さゆえだろう。
「デンジデンジ、パソコン壊れた」
「またかよ……何したんだ」
「何もしてないよ?」
「嘘つけ」
 ふー、と、デンジが長い溜息を吐き出した。まいったな、とでも言いたげに。しかし、私にはそれがひどく演技臭く感じられる。やはりこれも付き合いの長さゆえだろう。
「デンジ電気強いでしょ」
「電気強いって何だ。どういう意味だ」
 でんきタイプに強いという意味ならそうだがな、とデンジ。自分で言い出したら終わりじゃないかと思う。確かに彼はジムリーダーだし、相応の実力はあるのだが。それでも、「君ぐらいでんきポケモンに詳しい人は居ないよねえ」と笑って見せれば、満更でもない様子。ちょろい。
「ねー、パソコンー」
「……仕方ないな」

 ひどく迷惑そうな口振りだが、内心はそうではないのだろう。彼は楽しいポケモンバトルの次に、機械いじりが好きなのだ。閑古鳥が鳴くジムの中、来るか来ないか解らない挑戦者を待つよりは、パソコンを直す方が良いというわけだ。
「ちょっとこいつん家行ってくるから」
 立ち上がったデンジは、ジムトレーナーの人達にそう告げた。ひどくかったるそうに。こいつが五月蝿いから仕方なく行くのだという風に。デンジはポケットに手を突っ込んだまま、先に立って歩き出した。名前もその後に続く。
 トレーナーさん達が少しだけ迷惑そうな顔をしているが、名前は気付かない振りをした。彼らには内心で謝っておく。恋とポケモンバトルの前では全てが許される。昔から決まっていることだ。


 名前は別に、パソコンを始めとした機械類に弱いわけではなかった。むしろデンジが機械をいじくっているのを眺めて育ったからか、同世代の女の子達よりよっぽど得意だ。しかし、この口実さえあれば、デンジは必ず付き合ってくれるのだ。
 幼馴染みという近過ぎる関係からか、なかなか進展は難しい。いい加減気が付いてくれないかな、と隣に立つデンジを見上げれば、デンジの方もちらりと名前を見下ろした。
「何だよ」
「別にー」
「……お前は本当に仕方ないやつだな」
 わしゃわしゃと頭を押さえ付けられる。まあ、恋に発展するのはまだ先で良いのかもしれない。この付かず離れずな距離は、いやに心地が良いのだ。

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