いざシングル

 バトルサブウェイに挑むトレーナーは連勝数を伸ばすにあたり、まずはサブウェイマスターと呼ばれるトレーナーを倒さなければならない。スーパートレインで彼らと戦い、そして勝利すれば、その先ずっとバトルトレインに乗っていることができるのだ。勝ち星を上げ続けることこそ、バトルサブウェイの醍醐味であると言える。
 しかしながら彼女は、近頃ずっとノーマルシングルに乗っている。何度、彼女のエンブオーにギギギアルが沈められたことだろう。そのことからも解るように、彼女は別段バトルが苦手なわけではない。以前に百連勝を果たしたことだって、ノボリは知っている。クダリにそのことを言うと、弟は自分をまじまじと見た後、ニヤッと笑った。無論、奴は大概笑っている。常よりも口角を上げたのだ。腹が立つ。
「そんなこと」双子だというのに、どうしてこうも性格が違うのか。きっと今、自分の顔は常よりも口角が下がり、眉間に皺が寄っているに違いない。「僕、わかる」
「わからない? それって変。僕わかるから、ノボリもわかる」
 ノボリが仏頂面を隠さなくなると、クダリも笑うのを隠さなくなった。


 この日も、彼女はバトルサブウェイにやってきた。そしてやはりと言うべきか、彼女が乗り込んだのはノーマルシングルトレインだった。最終列車、最終車両で挑戦者が来るのを待っていたノボリは、何度目かの敗北を再び味わうことになった。
 バトルの後、終着駅で寛ぐこともせず、彼女はすぐさま列車に乗り込んだ。サブウェイマスターに勝ったからだろう、嬉しそうに見えた。
「このところ、ずっとノーマルシングルトレインに乗車していらっしゃいますね」
 自分が話し掛けたことが意外だったのだろう、彼女は目を瞬かせたが、すぐに頷いた。

 クダリの言う事が正しいならば、つまりはこういうことだろうか。彼女が連勝の記録を伸ばそうとせず、ノーマルトレインに乗り続けているのは、自分に会いに来ているからだと。
 スーパートレインの場合、一度サブウェイマスターを倒すと、自分が負けるまで戦わなければならない。彼女が何度もノーマルトレインに挑むのが自分に会いたいからだと考えれば、強いトレーナーである彼女がスーパートレインに乗ろうとしないことにも納得できる。21人抜きすると終着駅に着くノーマルトレインならば、何度もサブウェイマスターと戦うことができるのだ。
 そう考えてみれば、普段の硬い表情もいくぶん柔らかくなるというものだ。
「あなたが会いに来て下さって、わたくしも嬉し――」
「ノーマルトレインの方が、BP稼ぎやすいんですよね。トレーナーもそんなに強い人居ないし。スーパートレインで勝ち続けるより、ずっと効率的じゃないですか? ノボリさんに会えれば、もっと貰えますし」

 にこにこと言い放った彼女は、ふと気付いたという調子で、「そういえばノボリさん、さっき何て仰いました?」とノボリを見た。が、彼女の言葉は最後まで紡がれることはなかった。ノボリが途中で遮ったからだ。
「まもなくライモンシティに到着いたします。お忘れ物などがないよう、お気を付け下さいまし!」
 ライモンシティに着くまで、あと二十分はあった。しかしながらノボリはそう言って踵を返し、運転室に閉じ籠るしかなかった。


 その事をクダリに話すと、奴は腹を抱えて笑い出した。ノボリはオノノクスに逆鱗を命令したがる自分の心を、必死に抑制しなければならなかった。クダリの目には涙すら浮かんでいた。
「僕、素直な性格」やっと笑いが収まったクダリは、何を思ったか唐突にそう言った。ノボリはしかめっ面のまま自身の半身を見やる。「でも、ノボリもおんなじだったみたい」
「クダリ、冗談はお止め下さいまし」
 ノボリがきつくそう言うと、弟は再び肩を揺らし始めた。

「僕達、素直。あの子、意地っ張り」肩を怒らして兄が去ったのち、クダリがぼそりと呟いた。

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