12

 授業に名前が紛れているのを告発し、そして雨の中湖に入っていく一年生を慌てて助けようとしたのは、同じハッフルパフのセドリック・ディゴリーという男子生徒だった。
 名前が見たところ、セドリックは誰にでも親切で、そして優等生でもあった。泣いている一年生に真っ先に駆け寄るのはセドリックだったし、金曜も、授業終わりの生徒は大勢居たが、わざわざ自分も湖の中に入ってまで名前を止めようとしたのは、彼一人だけだった(もちろん他の生徒も何人かは行く末を見守っていたし、誰かが呼んできてくれたからこそ湖にケトルバーンが現れたのだろうが)。
 セドリックはまさか名前が自分から湖に入ったのだとは思わなかったようで、「怪我が無くて良かった」と人の良い笑顔を浮かべていた。彼が邪魔しなければ水中人に話を聞けたかもしれないのに、と思わないでもなかったが、結局、名前は「ありがとう」と言って彼らについて城に戻ることにしたのだった。その日から湖に通うのが名前の日課になったが、水中人はあれ以降姿を現さなかった。


 月曜日、名前達一年生にとって嬉しい知らせが訪れた。談話室の掲示板に、飛行訓練についての告知が貼り出されていたのだ。どうやら週に一度行われ、全十回の授業らしい。名前達ハッフルパフの一年生は金曜日に行われることになっており、生徒達は熱狂した。
 誰もが皆、箒に乗った時の経験や、クィディッチの話をしていた。アーニー・マクミランは自分は五歳の時から箒に乗っており、姿勢の維持が大事なのだと講釈を垂れていた。レイブンクローのテリー・ブートは、既に自分の箒を持っており、来年学校に持ち込めるのが今から待ち遠しいと言っていた。ザカリアス・スミスは自分は当然箒に乗れるし、家にはクラッシック箒のコレクションがあると自慢した。マルフォイは飛行機にぶつかりそうになった話をし、ハンナでさえ、父親のお古の箒に乗ったことがあると話していた。――魔法族の子供にとって、箒に乗れるということは一種のステータスだった。
「僕、上手く箒に乗れるでしょうか」
 呪文学の授業で、ジャスティンが小さく呟いた。二人一組で杖先に灯りを点ける呪文を練習していた時だった。名前はちらっとジャスティンを見る。名前は彼と組を作っていて、ハンナはスーザン・ボーンズと組んでいた。ジャスティンは名前に見られている事に気付くと、困ったように笑った。呪文の練習中は四方八方から呪文が聞こえてくるので、教室の中はいつもより騒がしく、もしかすると独り言だったのかもしれない。
「平気だよ。心配?」
「ええ、まあ。皆、乗ったことがあるみたいですし……それに、箒の事故はひどいと聞きました。気が付いたら、アフリカに飛んでしまったりだとか」
 どうやらジャスティンは、他の友達が言ったのを真剣に受け止めすぎているようだ。確かに箒から落ちれば怪我をするだろうが、階段から落ちるのと同じで、よほど無茶な乗り方をしなければそこまで大怪我にはならないのだ。まさか一年生にそこまで高度な飛行術は求めないだろう。それに、サハラ砂漠に飛ばされたのは、クィディッチの試合中の妨害行為だった筈だ。普通に箒に乗るだけではそんな事故はあり得ない。
 名前は少し考えたが、やがて「あたしも箒、実は乗った事ないんだ」とだけ言った。
「……ないんですか?」
「おもちゃのならあるよ、家の中で遊べるやつ。けど村の魔法族は殆どうちの家だけだったし、引っ越してからもマグルの街中だったから、本物に乗る機会無かったんだ。パパ達は姿くらましするしね。最初はちょっと浮くだけだろうし、心配しなくても平気だよ」
 そう言ってから、「あたしが箒から落ちても笑わないでね」と付け足した。ジャスティンが神妙に頷くので、名前は小さく笑う。ちょうどその時フリットウィック先生が歓声を上げた。二人がそちらを見ると、アーニーがルーモスを成功させたところだった。彼が手にする杖の先に、眩い光が灯っている。
「僕、名前はアーニーと仲良くなれると思うんです」
「……あの真面目くんと?」
 名前は未だ、アーニー・マクミランと殆ど話せていなかった。彼はまだ名前に腹を立てているようだったし、そもそも彼のような優等生タイプは、名前のような生徒とは気が合わない筈だ。名前だって彼みたいな優等生タイプは苦手だ。その反面、ジャスティンは品行方正だし、彼とは同室なこともあり、良い関係を築いているらしい。
 名前は冗談交じりに言ったつもりだったが、ジャスティンは微笑むだけだった。


 飛行訓練の前日、その日は名前にとって散々な日だった。まず、管理人のフィルチに捕まった。銅像の近くを通り掛かっただけだったのだが、凄まじい勢いで怒られた。フィルチの現れ方と来たら、姿現しくらい突然だった。ちなみに、ホグワーツでは敷地全体に姿現し避けが掛けられており、彼は抜け道や近道を使うのだろうという事だ。
 教師達に目を付けられたのではないかとは何となく思っていたが、どうやらホグワーツの管理人も名前の事を問題児だと思っているらしかった。この時の名前は本当に通り掛かっただけで、銅像に落書きをしようだとか、そんな事は一切考えていなかったのだが、フィルチの剣幕は凄まじく、名前が今にでも糞爆弾を爆発させるのではと思うほどだ。幸いにも他寮の上級生が名前の無実を訴えてくれたので、事なきを得た。
 しかしフィルチに絡まれていたせいで時間が押し、名前は日課だった湖散策に行けなかった。折角珍しく青空が広がっていたのに。

 スプラウトの事務所から戻る際、名前は見慣れた後ろ姿を見付けた。例のマルフォイの姿は無い。名前は揚々とクラッブに駆け寄ったが、何となく妙な雰囲気だった。大柄なクラッブの陰になって見えなかったが、女の子が立っていた。その女の子の顔は――泣きそうになって怒っている。名前は内心で頭を抱えた。
「ねえ! 何やってるの?」
 首だけで振り返ったクラッブは、「よう」とだけ言った。随分と機嫌が良さそうだ。女の子も名前を見たが、名前は無視した。
「こいつが――」クラッブが女の子を指さした。名前は知らないが、一年生の女の子だ。「――ナマ言いやがるから、ちょっと解らせてやろうとしてただけだ」
「ナマって……」
「だってこいつ、穢れ――」
「ビンセント!」
 名前は驚いて彼の言葉を遮った。信じられない思いだった。クラッブは確かに純血主義だし、正直言うと意地悪だ。けれど誰かを貶める為だけの下品な言葉を、こんなにも簡単に口にするとは思わなかった。
「何てこと言うの!? そんな事言っちゃだめだよ! それもマルフォイとかいうやつの影響なの?」
 クラッブは、煩わしそうに名前を見るだけだった。

 名前とクラッブが言い合っている内に、女の子は姿を消していた。クラッブもそれに気付いたのか、つまらなそうに溜息をつき、「お前、あいつとも仲良くしてるのか? あんながり勉とも?」と小馬鹿にしたように言った。
「知らない子だよ」
「ふん……。いいか、マグルなんかとつるむな。お前は俺の友達だ、そうだろ」
「だから、マグルじゃ……」名前はそこまで言い掛けて、結局やめた。
 生粋のマグルと、マグル出身の魔法使いは、彼にとって同じなのだ。これ以上言うと怒り始めるだろうし、ジャスティンや、他のマグル出身の生徒と縁を切れと言い始めるかもしれない。名前はジャスティン達との交流をやめるつもりは無いが、クラッブとはずっと友達で居たかった。
「構わず放っておけば良いじゃんか。ビンセントが損するだけだよ。今は、もうそういう時代じゃないんだし……あたし、よく解んない。何でいじめるの?」
「いじめちゃいない」
「そう……」
 素知らぬ顔で言うクラッブに、名前も頷くしかなかった。
 名前がクラッブにマグル生まれへの差別をやめさせるのは難しいのではないかと思い始めたように、クラッブはクラッブで名前に純血主義を理解させるのは望み薄だと考えているようだった。何か良い事でもあったのかと尋ねると、彼はにやっと笑った。

 クラッブが言うには、ハリー・ポッターを罠に嵌めてやったのだそうだ。説明を聞いてもよく解らなかったが、どうやらポッターはかなり調子に乗っていて、飛行訓練の時、先生の指示も無視して勝手に飛んだ。当然そんな蛮行は許されることではないので、真夜中に決闘を申し込むふりをして、ポッターをトロフィー室に呼び出したのだという。わざと罰則を受けさせ、こらしめてやろうという魂胆だ。
 ポッターには悪いが、マグル生まれ云々の話題を続けるよりずっと良い。名前が「凄いじゃん」と言うと、クラッブは気を良くしたようだった。
「けどそれ、ビンセントがやろうって言ったの?」
「いや? ドラコの考えだ」
 名前はふぅんと呟いた。
 ホグワーツでは消灯時間があり、それを越えると寮に戻らなければならない。時間外に外に出ていれば当然校則違反だ。減点されるだろうし、罰則もあり得るだろう。フィルチにこの件を伝えておいて、ポッターが処罰されるようにしたという事だったが、名前はそんなみえみえの罠に引っ掛かるだろうかと思った。実際、次の日玄関ホールの砂時計はグリフィンドールのものが特に減っているということもなかったし、薬草学で見掛けたポッターも特に落ち込んでもいなかった。

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