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 水曜日、名前は朝食に向かう途中、見知った姿を見付け、ハンナ達と一旦別れた。向かうのは大広間の端、スリザリンのテーブルだ。
「おっはよー」
 名前が駆け寄ると、クラッブは口いっぱいに食べながら、何かをもごもご言った。「よう」とか、「名前か」とか、そんなところだろう。名前は少しばかり眉を寄せた。周りのスリザリン生はぎょっとしたようだったが、名前は気にせずクラッブの隣に滑り込んだ。もちろん、彼が一緒に居たのだろう友人達への挨拶も忘れずに。「朝ごはんのメニューはどこの寮も変わんないんだね。ねえ、いつもこの時間に居るの? 昨日は見なかったけど」
 クラッブは再び口をもごもごと動かし、明瞭な返事をしなかった。名前は気にせず言葉を続ける。
「あたし達、今日は朝から防衛術やるんだ。ビンセントはもうやった? やばかった?」
 漸く飲み込んだらしいクラッブは、一言「まだ」とだけ言った。ハッフルパフに入ったら口を利かないと言っていたのに、忘れているのか、それとも彼なりのジョークだったのか、クラッブは普段通りだ。
「ふーん」名前が言った。
 この日、名前達ハッフルパフの一年生は初めての闇の魔術に対する防衛術の授業があった。一年からの必修授業だし、大事な分野だとは思うが、授業の名前がいかにも仰々しいので、名前は少々馬鹿にしていた。ちらっと見掛けたクィレル先生(防衛術の担当の先生だ)がかなり気弱そうな魔法使いだったので尚更だ。闇祓いのキングズリーが聞けば良い顔をしないのは解り切っているので、態度に出したことは無い筈だが。
「お前」クラッブが言った。「森に入ったって?」
 静かな聞き方だ。名前はにやっとした。
「こっちでも噂になってるの?」
「そうでもない。あいつ、ほら――」
 クラッブは言葉に詰まった。度忘れしたらしい。ぴんと来た名前が「ハリー・ポッター?」と引き継ぐと、クラッブは「そいつだ」と頷いた。
「あいつの方が目立ってる。お前みたいな馬鹿、ホグワーツじゃ珍しくないんだ」
「ひっどい。そんな言い方しなくて良いのに。ポッターはそりゃ、赤ちゃんの時から有名なんだから、あたしなんかその辺の草とおんなじだよ」
 クラッブはげらげら笑った。もっとも名前は目立ちたいが為に禁じられた森に入ろうとしたわけではないし、彼もその辺りのことは解っているようだった。クラッブとはどのドラゴンに乗りたいか話し合ったこともあるし、名前が魔法生物好きなのは知っている筈だ。当然、名前が森に向かったのは、生物目当てだと解っただろう。

 スリザリンのテーブルからだと景色が違って見えるなと思いながら、手近な皿からクランペットを摘まんでいると、出し抜けにクラッブが言った。「まだあのマグルの奴と付き合ってるのか?」
 名前は急いで飲み込んだ。「マグル?」
 ――クラッブと会っていた頃、名前の家はマグルの小さな村の中にあった。もちろんクラッブ家を名前の家に招くことは無かったし、名前もわざわざクラッブと居る時にマグルについての話題を振らなかったので、彼が名前が実はマグルらしく振舞うことが得意だという事は知らない筈だった。それどころか、キングズリーと暮らすようになった現在もマグルの街の中に住んでいて、その為名前にマグルの友達が沢山居る事も、彼は知らないだろう。少し考えた末、「ああ」と名前は小さく言った。
「ジャスティンはマグルじゃないよ。そりゃ、パパとママはマグルだけど、あの子はそうじゃないもん」
「一緒だろ」静かな言い方だったが、その声には隠し切れない侮蔑が滲んでいる。「あいつに流れてるのはマグルの血だ」
「――そういう言い方、良くないと思うな。あんまり」
 クラッブは不満げに鼻を鳴らした。名前が同意しなかったのが気に食わないらしい。
血を裏切るとか何とか小さく聞こえた気がするが、名前は無視した。
「それ、何食べてるの?」名前が言った。
 唐突な話の転換だったが、クラッブは気にしなかったようだった。名前が何を言ったのかと探し、やがて自分の皿にあるいくつかの包みにくるまれたお菓子である事に気付いた。
「ドラコがくれた。食うか?」
 名前がマルフォイを見ると、意外そうにはしていたが、どうやら名前がクラッブに貰って食べる分には問題ないようだった。母親が送ってくれたらしい。
 ――ホグワーツ特急での様子や、今この時のやりとりから薄々思っていたが、どうやらクラッブは、マルフォイの子分役に甘んじているようだった。彼はガキ大将気質だと思っていたので、名前としてはかなり意外だ。マルフォイが良い所のお坊ちゃん――殆ど貴族のような立ち位置なのは名前でも解るが、だからと言ってクラッブが彼を気に入っている理由がいまいち解らない。逆の方がまだ納得できるくらいだ。実の所、彼らの関係にはマルフォイ家とクラッブ家の力関係が深く作用しているのだが、一般家庭に生まれ育った名前にはいまいち理解できない。

 かなり高級な味のヌガーを味わっていると、クラッブが「そうだ」と小さく言った。
「名前、スリザリンの談話室からは湖が見えるんだぞ」
「……湖?」名前が聞き返した。
 クラッブはにやにやしている。
「湖の中さ。部屋の壁が水槽みたいになってる。スリザリン寮は湖の下にあるんだ」
「……うそ!」
 名前が叫ぶように言ったので、周りのスリザリン生達がぎょっとして此方を見たが、名前は気にしていられなかった。湖が見えるだって? 思い通りの反応が面白かったのだろう、クラッブはますます笑い出した。「ほんとだ。何だっけ、水魔に……」名前は悲鳴を上げた。「大イカも見えたな」
うそ!
 わあわあ叫ぶ名前に、クラッブは爆笑した。「だって、そんなのずるい! 何でスリザリンだけ湖の中なの!? ずるいよ! ハッフルパフなんて、草が見えるだけなのに!」
 名前ははっとした。
「ビンセントが意地悪言ってるんだ! だって、そんなのスリザリンだけずるいもん、絶対うそだよ、不公平だ! ねえ、嘘でしょ!?」
 突然話を振られると思っていなかったらしいゴイルはかなりぎょっとしたようだったが、恐る恐ると言った調子で頷いた。名前が再び「うそ!」と叫び、クラッブの向かい側に座っているマルフォイにも同じ事を聞いた。しかし、彼も頷くだけだった。名前を馬鹿にしているようにも、呆気に取られているだけにも見える。
 魔法生物が大好きで、当然水中生物も大好きな名前を悔しがらせる為、クラッブが嘘を言っている可能性は当然ある。そしてゴイルとマルフォイが頷いてみせたのも、そんな彼の思惑を解っているからだという可能性も十分にある。しかしながら――正直なところ、クラッブはそこまで冴えてない。この数分で思いついた冗談にしては、かなり真に迫っていて、つまり、スリザリン寮が黒い湖に隣接しているのはまごう事無い事実なのだ。
「ず、ずるい……!」
 心の底から羨ましがる名前にクラッブは笑ったし、逃げるようにその場を去る名前の姿を見て大半のスリザリン生は笑っていた。

 べそをかきながらハッフルパフの長テーブルに戻った名前を、ハンナが心配そうに出迎えた。どうやら名前がスリザリン生と揉めているように見えたらしい。
「どうしたの? 誰かにいじめられた……?」
「ううん」名前が力無く言った。
 視界の端で、ジャスティンが気を遣ってカボチャジュースを注いでくれたり、トーストを取り分けてくれたりしているのが見えた。
「……スリザリンの談話室、湖の中が見えるんだって」名前が言った。「あたし、スリザリンに入れば良かった」
「水魔が見えたんだって! それに大イカも!」
「貴方って……」
 ハンナは若干呆れていたようだった。ジャスティンはどういう対応をすべきか反応に困っている様子だ。名前はすっかり落ち込んでしまったが、さらなる追撃が待っていた。ガブリエルがスプラウト先生からの知らせを持ってきたのだ。彼が言うには、名前の罰則が書き取り罰に決まり、これから一か月毎日六時からスプラウト先生の事務所に行かなければならないらしい。本格的にしょげ切ってしまった名前に、ガブリエルは気の毒そうにした。

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