か・わ・ざ・ん・よ・う

 自分の店を持つことは名前が小さい頃からの夢だ。そんな中、後継者不足でゆくゆくは廃業になるであろう小店舗を買い取ることができたのは、僥倖であると言っても差し支えないだろう。将来的にはこの店を繁盛させ、店舗拡大やら全国展開やらしていければ良いな――と、数年前の名前は夢見ていた。
 問題は、折角の店舗が大通りからかなり外れたところにあることだ。観光客はもちろん、地元の人間もあまり近付かない。どうにかしなければと思ってはいるが、今は日々を生活するのでいっぱいいっぱいだ。何なら日々赤字だ。
 閑古鳥が鳴く中、屋台の前にぬっと巨大な影が差す。「やっとる?」
「やっとるやっとる」
 名前が立ち上がると、大柄な影の主、ファットガムはからからと笑った。その背後には、いつものように痩身の若者が、まだ新しさの残るコスチュームに着られたまま所在なさげに立ち竦んでいる。今日も目が合わないなと思いながら、名前はBMIヒーローに視線を戻した。
「ファット〜、もっと家の店宣伝してくれや。商売ならへんがな」
「あんなあ、ファットさんかて色々都合があんねん。そら、名前が契約金払ってスポンサーやってくれるっちゅうんなら話は別やけどな」
「そないな金この店のどこにあんねん」
 ファットガムは一頻り笑ってから、「いつもの頼むわ」と口にした。もっとも、名前は彼が言う前からたこ焼きを焼き始めていたが。

 ヒーロー ファットガムは、名前の店の唯一と言っていい大口の常連だ。二週間に一、二度、彼はこうして店に顔を出してくれる。日時が不定期なのは、周辺のパトロールを兼ねているからだろう。近頃では、インターン生だという高校生も一緒だった。
 サンイーターという名をしたヒーローの卵は、かなりの人見知りらしく、名前は殆ど彼と話したことがなかった。話したことがないというか、初対面の時、培われた大阪のおばちゃんソウルで捲し立てたら、ATフィールドを張られてしまったのだ。
 誰もがおしゃべり好きなわけではないとは理解しているし、申し訳ないことをしてしまったとは思っている。その為、名前はあまりサンイーターが気負わないよう気にかけているつもりだった。彼らは二人で買いに来ることもあったし、サンイーターが一人でお使いに来ることもあるが、後者の場合、名前は彼が余計な緊張をしないで済むよう気を回した。余計な会話を振らないようにしたり、会話を振る時は「はい」か「いいえ」だけで答えられるようにしたり、それでいて愛想だけは通常より二割増しにしたり。どうやら本人も気にしているのか――もしくはファット辺りに言われているのか――自身の引っ込み思案な部分を改善しようとしているようで、始めの頃よりは幾分ましになってきたのだが。

 たこ焼きが焼き上がると、ファットガムは「おおきに」と笑って受け取った。それも鉄板ごとだ。一度に百個近く買ってくれるので、彼用にテイクアウト用の鉄板を用意している。また返しに来るわと言いながら、早くも食べ始めたファットガムに名前は頷いた。
 たかがたこ焼きとはいえ、全ての窪みが埋まっているとかなりの重さなのだが、ファットガムは物ともしないし、何なら片手で持ちながら食べ歩いていることすらある。肉体派のファットガムだけなら兎も角、細身のサンイーターも軽々と持ち帰っていくので、やっぱりヒーローは体が資本なのだろうと思う。
「あ……」
「何? どないしたん」
 名前の口から洩れた呟きに、耳聡くもファットガムが反応した。言うか言うまいか迷ったのだが、結局名前はそのまま口にしてしまった。「こないだ雄英体育祭見とったんやけどな、イーターくん雄英の子やったんやなって」
 カッコ良かったでと付け足すと、サンイーターはぽかんと口を開けた。失敗した。


 中部にある雄英高校は、日本の中で最も有名なヒーロー科の学校だ。関西出身の名前は士傑びいきだが、それでも毎年テレビ放映される雄英の体育祭はついつい見てしまう。
 サンイーターがまだ高校生で、インターンに来ているヒーローの見習いであるとは知っていたが、名前は彼の本名を知らなかったし、雄英の生徒だという事ももちろん知らなかった。当然素顔も知らないのだが、以前たまたま彼が“個性”を使っているところを見たことがあり、テレビに映っていた男子生徒も同じタコの個性を使っていたので、彼がサンイーターであると判断したのだ。背格好も似ていたと思うし。

 名前としては、「ありがとうございます」とか、「どうも」とか、そういう返事をすれば良いだけなので、さほど難しい会話ではないだろうと判断したのだが、やはりサンイーターにとっては難しいことだったらしい。考えてみれば、テレビに出ていた自分を見られるというのは存外恥ずかしいことだったかもしれない。ひょっとすると、彼にとってはテレビに映ること自体嫌だったのかも。
 人知れず名前が反省していると、サンイーターは――天喰環はおそるおそる名前の方を見て、「ありがとうございます、名前さん」と微笑んだ。もっともひどくぎこちないものだったが、すぐにフードを被ってしまう普段の彼と比べると、かなりの譲歩であり、そしてかなりの進歩だ。
 名前は雄英体育祭でのサンイーターを思い返した。緊張して強張っている部分もあったのだろうが、その真剣な表情は、正直言うとかなりモテそうだ。モテそうというか、女の子に人気が出そうだ。名前はこれまで、ファットにSNSでうちの店宣伝してもろてそれがバズれば大儲け間違い無しちゃうやろか知名度あるし何よりタダやし、等と不埒なことを考えていたのだが、これはひょっとすると、もしかするとひょっとするのかもしれない。
 ニコッと最上のスマイルを浮かべてみせると、サンイーターは怯えたようにびくっとした。フードから覗く彼の顔が若干赤い気がするが、たぶん気のせいだろう。ファットガムだけは名前達のやりとりに微妙な顔をしていたのだが、名前は気が付かなかった。脳内算盤を弾くのに忙しかったからだ。

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