ありふれたものなら花とかチョコレート、それから

 好きな子にプレゼントあげたいんだけど、何あげたら良いと思う? ケイトがそう尋ねると、それまでスマホ画面に熱烈な視線を送っていた名前は初めて顔を上げた。こういう時にいったんゲームから目を外してわざわざ此方を見てくれるところだとか、ケイトが自室のベッドを数時間無言で占領していても何も言わないでいてくれるところとか、そういうところが好きなのだと言えば、彼はきっと困ってしまうだろう。
 ケイト・ダイヤモンドは、ずっと前から名前・名字のことが好きだ。しかしそれを本人に伝えることは、今までもこれからもきっとない。
 名前は訝しげに僅かに眉を寄せた。何でもないことのように、ケイトは自身のスマホに目線を落とす。まるで、さもプレゼントを決めあぐねている愚者のように。
「それ、聞く相手間違ってないか?」そう言った名前は、微かに笑っていたようだった。

 名前はイグニハイドの寮生だ。ハーツラビュル寮生のケイトとは当然寮が違うし、クラスも違うし部活だって違う。二人の接点はといえば、一年の時に同じクラスだったという、ただそれだけの話だ。
 ただ、あまり他人に踏み込んでこない名前の距離感が、ケイトにはひどく心地良かった。名前は此方が体調を崩していれば心配くらいはしてくれるが、ケイトが何を食べようと、何を買おうと、何をやろうと、少しも気にしない。また、彼は二年次から副寮長を務めているのでその頃から個室で、それもケイトにとって都合が良かった。彼の部屋に居れば誰かが訪ねてくることはほぼ無く、名前が黙って隣にいてくれることもあって普段よりずっと心が落ち着いた。
 何をするでもなく二人で一緒に居て、時折気が向いた時に名前が好きな昔の映画の話をしたり、ゲームをしている彼の背中を密かに盗み見たりする時間が、ケイトは好きだった。三年になった時、一度だけ「お前も個室になったんじゃないの」と言われたが、ケイトはそれからも名前の部屋を訪れたし、名前もそれを拒絶しなかった。
「もっとそういうの解る奴の方が良いんじゃないの、クローバーとか」
「トレイくんにも聞いたんだけど、母数は多い方が良いじゃん?」
 嘘だった。ケイトが言う好きな子は名前であり、ケイトが知りたいのは『名前が考える世間一般の誕生日の贈り物』だ。世間一般にどのようなものが好かれるかについては、正直あまり興味が無い。
 もっとも名前の誕生日がもうすぐなので誕生日のプレゼントを贈りたいと思っているのは事実だが、名前が言ったものをそのままあげるつもりは当然無かった。名前が考える好きな子への贈り物、それから少しだけ違うものであれば、実際にあげた時にさほど外さないだろうと考えてのことだ。好意がばれるのはまずいが、どうせなら喜んでもらえるものを贈りたい。もっとも別段名前から誕生日を祝ってもらったわけではないので、あげるとしても簡単な物に限るのだが、それはそれだ。
 ナイトレイブンカレッジに入学してからというもの、自分の中にこれほど女々しい部分があったのかと聊か辟易する。

 なるほど、と小さく呟いた名前に、ケイトは再び彼の方を見る。どうやら真剣に考えてくれているようだ。こういうところも好きなんだよなと心の中で一人ごちる。
「好きな子なんて初耳だな。どんな子?」
「フツーの子かな〜」
「年上? 下?」
「同い年だよ」
「ふーん」
 あまりに興味が無さそうな相槌に、思わず小さく笑ってしまう。
「まああんまり張り切ってもあれなんじゃないの。ほら、花とか、チョコとか」恐らく女の子を想定しているのだろう名前の言葉に、より一層バレないようにしようと決意する。しかしながら、彼の次の言葉に、ケイトは一瞬気を取られてしまった。「それか、守る気無い約束とか」

 ありふれたものなら花とかチョコレート、守る気のない約束。
 ケイトの記憶が正しければ、確か昔に流行った映画の台詞だ。好きな女性に何を贈れば良いのかと悩む男に、召使いの男がした提案。古い映画だが、ケイトも子供の頃に見たことがある気がするほどの名作だった。しかも、輝石の国の。
 ケイトが輝石の国の出身だから、そう言ってくれたんだろうか。なんて、そんな馬鹿げた想像をしてしまう。
「――守る気無い約束……って、そんなの、守る気ある方が絶対嬉しいに決まってるじゃん」
 ケイトはそう笑ってみせたが、名前は気にしていない。
「そう? 俺は結構嬉しいけど」
「そうなの!?」
 反応が予想外だったのか、名前は意外そうにケイトを見た。まさか、名前本人の好みを直接聞けるかもしれないとは思っていなかった。チャンスが向こうからやってきたのかもしれない。
 やけに食い気味に反応したケイトを、名前は不思議に思わなかったらしかった。「ケイト、俺にいろいろ誘ってくれるじゃん」

 自身の名が出てきたことで、ケイトはかなり面食らった。もっとも、顔に出てはいないだろうが。
「新作食べに行こうとか、街でフェスやってるから行こうとかさ。俺が行かないの解ってるからか言うだけ言ってそれ以上さそってこないし、結局どうせ行かないだろ」
「だって名前くん、外出るの嫌いじゃん」
 ケイトの言葉に、名前は薄く笑った。嫌味の無い、静かな笑い方だ。
「それは間違ってないけど、ぶっちゃけイデアほどじゃない」
「……そうなの?」
「お前が一緒に行ってくれるんなら俺だって行くよ」
 そう言ってから、名前は「一人では絶対行かないけど」と付け加えた。
「マジ!?」ケイトが言った。
「オープンしたばっかのお店も!? ホイッスルパークのフェスも!?」
 名前は頷いた。ケイトの頭の中には、名前と一緒に行きたい所が次々とピックアップされていく。できればマジカメ映えするやつが撮りたい。もっと言えば、それを口実になんちゃってデートがしたい。
 じゃあじゃあ、今度の休みに一緒に街の南にできたカフェ行こうよ、そこのパフェがマジカメ映えするって評判なんだよね。ケイトが勢い良くそう言うと、名前は「いいよ」と頷いた。微かに笑っている。
 わざわざ人の多いところに休みの日に出掛けて、わざわざ行列に並んで、たかがSNSに載せる為の写真を撮る。名前は絶対に断るだろうと思っていた。こんな事なら、もっと強く誘ってみるべきだった。
 早速スマホで調べ始めたケイトに、名前は小さく笑う。「俺はてっきり、わざとそういうことを言ってるんだと思ってたよ」
「断られるだろうな〜とは思いながら誘ってたけど、そんなの実際行った方がもっと楽しいに決まってるじゃ――」
 ケイトは、そこで言葉に詰まってしまった。


 花とかチョコレート、守る気のない約束。好きな人への贈り物だ。名前は今までのケイトからの誘いを、『守る気のない約束』だと思っていた。果たされることのない、ただの口約束だと。つまり――名前は、ケイトが自分に好意を抱いていることに気付いていたのだ。
 いや、気付いていたという表現は正確ではないだろう。そういう言い回しがあるだけで、ケイトの誘いがそれに該当するとは限らない。せいぜい疑惑が良いところだろう。
 しかしながら、ケイトはミスを犯した。ケイトはただ、普段通り受け答えすれば良かったのだ。当たり障りのない会話をするのは昔からの特技だったというのに、自分からぼろを出した。自分の好意がバレていたかもしれない、そう一瞬考えてしまったことで、ケイトは言葉に詰まってしまった。疑惑を確信に変えさせてしまった。

 なあ聞いてる? と問い掛けられ、ケイトは漸く、名前がいつの間にかすぐ隣に腰かけていることを知った。彼が手にしていたスマートフォンは、とうの昔に机の上に置き去りにされている。そして、彼が揶揄うような、意地の悪い表情を浮かべていることにも、ケイトは気が付いてしまった。
 名前に贈りたいちょっとしたプレゼントも、望外のなんちゃってデートプランも、全て吹き飛んでしまった。
「な、なに……」
「ケイトはさあ、珊瑚の海って行ったことある?」
 唐突な言葉に、名前の顔をまじまじと見詰めてしまう。「博物館がすげー良いんだって」
「俺らも行こうよ、卒業旅行にさ」
 ――ケイト・ダイヤモンドは、ずっと前から名前・名字のことが好きだ。しかしそれを本人に伝えることは、今までもこれからもきっとない。きっとない、筈だったのだ。しかしもし、もしも名前が、この気持ちに応えてくれるというのなら。
 それ、名前くん絶対守る気ないやつじゃん……とケイトが小さく呟くと、それが聞こえたのだろう、名前は意地悪く笑った。

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