チアーズ!

 二十代も後半になると、この歳になってもプライベートで付き合いがある友人というものがどれほど貴重なものなのか、改めて実感するようになる。高校を卒業してからというもの、確かにクラスの面々で集まったり、逆に現場で鉢合わせしたりすることはあるのだが、わざわざ休日の示し合わせをしたり、相手のオフに合わせて自分も休みを取ったりするほど深い付き合いをする友達は、この十年間で殆ど居なくなってしまった。
 名前と13号――黒瀬亜南は、雄英高校で三年間を共に過ごした仲だ。一年の時に同じクラスだったことから始まり、気が合ったのだろう、二人はあっという間に仲良くなった。どちらかと言えばクラスの中心に居るタイプの名前と、どちらかと言えば控えめな13号。そして対敵専門の名前と、救助専門の13号。正反対な二人だが、二人共現役でヒーローを続けていることもあり、その付き合いは今でも続いている。
 インターホンを鳴らすと、すぐに内鍵の開く音がした。出迎えたのは当然13号だ。コスチュームは着ていない。何も口にしなかったが、道すがら買ってきた酒やつまみを掲げると、13号は「いらっしゃい」と笑った。やや呆れられている気がしなくもない。

 こうして二人が集まるのは不定期だったが、数年前から13号が雄英の講師として働き始めたことで、以前よりも休みを合わせやすくなった。雄英は月曜から土曜までの通常授業に加え、ヒーロー科特有の課外授業、校外活動への補講などがあり、他の高校と比べると休みはずっと少ない。しかし緊急の要請が無い限り、教師達にも週一日の休みが確約されているのだ。もちろんヒーローに休暇はあってないようなものだが、二人のうちどちらか一方でも決まった休みがあると、プライベートで集まる場合には都合が良い。
 手早く用意を済ませ、報道番組をBGMに二人で乾杯する。乾杯と言っても、名前が手にしているのはコンビニで売っている酒類の中でもいっとう度数の低いものだし、13号にいたってはノンアルだ。酔っていようと“個性”には影響がないが、救けに来たヒーローが泥酔していては示しがつかない(ちなみに、13号がノンアルなのは、彼女が下戸だからなのだが)。しかし例えアルコールがあろうと無かろうと、話に花は咲き続ける。近況報告に始まり、流行っていた映画の話、引退した同業者の話、改正された保護法の話、結婚した同級生の話。二人の会話が止まるのは、テレビが緊急速報を流した時だけだ。
 この日も速報が流れていたが、どうやら名前達の助けは必要なさそうだ。新進気鋭のヒーローが現着したという報道を合図に、名前はテレビの音量を小さくする。
「そういえば、名前ちゃんも入ってましたよね、ヒーロービルボードチャート」
「ああ……」
 ヒーロー番付とも呼ばれるそれは、平たく言えばヒーローの人気投票のようなものだ。ヒーロー活動の貢献度、事件解決数、そして一般市民の投票等々から集計され、年に二度発表される。上位であればあるほど市民からの注目度が高く、その順位を上げることをモチベーションにしているヒーローも居るほどだ。世間に公表されるのはまだ少し先だが、ランキング入りしているヒーロー達には一早く公安委員会からの通達が届いていた。
 名前は目立った功績こそ無いものの、今回のチャートでも二桁代をキープしていた。数値自体は毎年横這いで、名前は特に気にしたことがなかったが、それがどんなに難しいことなのかは理解しているつもりだ。
「九州だっけ? 今回は」
「そうですね」13号が言った。「一緒に行きましょうよ」
「亜南と?」
 13号はにこにこと笑っていたが、名前が「嫌よ」と断ると、「な、何でですか!?」と途端に狼狽え始めた。どうやら、断られるとは少しも思っていなかったらしい。
「亜南と一緒にいると、また面倒なことになるじゃない。お断りよ」
「そ、そんなあ」
 かなりショックを受けているらしい13号を、名前は見なかったふりをする。
 名前は“個性”の関係上、どうしても覆面で活動するのが難しいので、殆ど顔を隠さずヒーロー活動をしているのだが、反対に13号はフルフェイスのマスクをしていた。それに加え、宇宙服を模したコスチュームは体格を解らなくさせる。13号は性別を公開しておらず、おまけに身長も高い。つまり――13号は世間から男性ヒーローだと思われている。
 素顔の名前と、コスチューム姿の13号が一緒に居ると、どうしてもそういう仲だと疑われてしまうのだ。本当に疚しい事があるわけでもなく、同期だからと弁明するのが常なのだが、何度も同じ事があると流石に面倒になってくる。火消しに追われている時間も馬鹿馬鹿しい。今日のように集まるのがどちらかの自宅なのも、そういう事情があるからだ。火の無い所には煙は立たない。

 名前が冷蔵庫から次の缶を取ってきても、13号は未だ口を尖らせていた。拗ねている。よほど名前を道連れにしたかったらしい。
 確かに、彼女はああいった場が好きではなかった。元々おっとりした性格なので、目立つ場は性に合わないのだろう。もっとも名前だってああいう形式ばった場は苦手だし、特に表彰されるわけでもないので、13号に誘われようと誘われまいと、始めから行くつもりもなかった。
 雄英の同僚達は一緒に行かないのかと尋ねれば、彼らはどうやら受け持ちのクラスがあったり、生徒の補講に付き合ったりするので、欠席するのが常なのだそうだ。13号はあの中では若手だったし、まだクラス担任もしていないので、参加してくるように言われたらしい。
 それなら本当に付き合っちゃえば良くないですかと13号が言った時に名前が噴き出さなかったのは、偏にアルコールが気管に入るととても苦しいと知っているからだ。


 軽く咽ながら名前が13号を見ると、彼女は真剣な眼差しで名前を見詰めていた。十年来の友だったその女の顔は、じんわりと赤くなっている。
「……酔ってる?」
「僕ノンアルですよ」
 名前は視線を外したが、13号が未だ自分を見ているのは感じられた。名前は彼女のことを友達だと思っていた。しかし、彼女はそうじゃなかったのか。自分の能天気さに呆れるし、大事な友達にこんな――こんな、今にも死んでしまいそうな顔をさせてしまっていることに、嫌気が差す。
 こんな顔をさせるくらいならファン達に疑惑を掛けられる方がまだ良いな、そんな事を考えている名前に気付いているのかいないのか、13号は「何か言って下さいよ名前ちゃん」とか、「僕まだ返事聞いてないです」とか言っている。彼女を支配していた羞恥心は、どうやら一周回って大胆さに変わったらしい。やっぱりこの子、酔っているんじゃなかろうか。そんな風を思いながら、名前は再び酎ハイの缶に口を付けた。

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