fluffy

 あんた医者だったのか。言葉少なにそう言ったのは、行動予備隊A6に所属している、重装オペレーターだった。ぎこちない笑みを浮かべる名前に、スポットは「それはどういう意味の顔だ?」と怪訝そうに眉を寄せる。
「こっちが本業でして。人数が足りない時に、オペレーターも手伝っているというか」
「へえ……」スポットが言った。「名前、だったか。俺の記憶じゃ、あんた医療オペレーターじゃなかったよな」
「昔取った杵柄ってやつですね」
 はは、と愛想笑いを浮かべる名前に、スポットはそういうもんかと頷いた。

 ロドスは恒常的に人手不足だ。中でも医療班は常に少ない人数で回している。確かにロドスは製薬会社であるし、手術ができるような歴とした医師も居るには居るのだが、元を辿れば研究畑の人間が多く、医療行為を行えるスタッフは限られていた。もちろん簡単な診断は医務室の人間であれば誰でもこなせるのだが、鉱石病の検査となるとそういうわけにはいかない。
 ――鉱石病の症状は人によって様々であり、体内の臓器等にのみ症状が現れる者も居れば、ごく初期段階から表皮に現れる者も居る。そして後者の場合、目視及び触診で、その進行度合いを測ることができるのだ。
 しかし感染者が毛に覆われている場合は、目視のみで終わらせるわけにはいかない。毛に覆われ、見落としてしまう可能性があるからだ。体外に現れる源石結晶は、鉱石病の進行具合を確認する指標の一つであり、仮にそれを見誤ってしまえば、文字通り命取りになりかねない。その為、患者が毛皮を持っている場合は、その毛皮を丹念に掻き分け、一つ一つ確認していくことが求められる。
 重装オペレーターのレプロバは、その体全体を灰色の毛で覆われていて、目視で検査を行うことができなかった。そして鉱石病の触診を行えるのは、名前達医療スタッフの中でも限られた人間だけだった。そしてこの日常駐しているスタッフの中で検査が出来るのは、運悪くも名前一人だったのだ。

 医療部の部屋の、そのまたパーテーションで区切られた狭い一角に、名前達は居た。一通りの検査を終え、残るは触診による病状の確認のみとなっていた。定期検査で慣れているのだろう潔く脱ぎ始めたスポットに、「もう少ししたら男性のスタッフも帰ってくると思いますけど」と名前は言った。もっとも、帰ってくる保証は無い。触診を後回しにしたのも、それを期待してのことだったのだが。
 当然の事ではあるが、基本的にこういった触診を含む検査は同性の医師が行うことになっている。名前達は医者でスポット達は患者だが、同時に同じ艦に乗る仲間でもあるからだ。
 スポットはシャツに手を掛けたところだったが、「隊長が訓練をすると言って聞かないんでな、さっさと済ませたいんだ」と、異性の名前が対応することに対しても、まったく気にした様子がなかった。そうですか、と名前は呟く。名前だって医者であり、患者に対して特別何か思うところはない。ないのだが、スポットだけは別なのだ。名前は、以前からスポットの事が好きだった。
 ――名前を覚えられていただけで浮かれているような人間が診察に当たるのは、医者として好ましくないのではないか。
 そうは思うのだが、スポットが名前でも構わないと言うし、何より他に対応できる人間が居ないのだからどうしようもない。
 こうなったらアでも良いから、検査できるスタッフが帰ってきますように。そんな事を思いながら、スポットの用意ができるのを待った。もっとも、名前の願いが聞き入れられることはなかったが。

 上半身裸になったスポットは、名前が示すまま回転式の丸椅子へ座った。手が届く範囲は自分でも確認していると言うので(子供の感染者の場合はそうもいかないが)、スポットの背中に源石が芽差していないかを確認することが主な名前の仕事だ。此方に背を向けたスポットを見ながら、小さく溜息をつく。
「それじゃあ、背中の上の方から見ていきますね」
「いちいち言わなくても良い」
「……はい」
 いきなり触るのもどうかと思ったのでそう声を掛けたのだが、ぴしゃりとあしらわれてしまった。最後に一つ息を吐き出してから、名前は触診に取り掛かった。
 先ほど上半身を露にした時も存外がっしりしていると思ったが、こうして実際に肌に触れると、彼が前線に立つオペレーターであることを再確認させられた。毛皮に覆われて解りにくいものの、普段から重い盾を持って走り回っていることもあり、スポットはかなり筋肉質だ。――そんな事を考えている場合ではないのに、どうしても指先から伝わってくる硬い感触に意識を持っていかれてしまう。
 灰色の毛を丁寧に掻き分けながら、結晶が生えていないか確認していく。触診というより、もはや毛づくろいだ。毛を掻き分け、目視するだけで済めばまだ良かったのだが、彼の場合は地肌が黒っぽいせいで源石を見落としてしまう可能性があり、指での確認が必要だった。スポットはあまり大柄な方ではないし、触診する範囲はさほど広くない筈なのだが、少しずつしか確認できないため、かなり時間が掛かってしまう。
 名前が触診を始め、五分ほどが経った頃だろうか。「随分と時間が掛かるんだな」とスポットが言った。

 背中の中央辺りを確認していた時だった。診察を開始してから無言を貫いていたスポットが出した低い声に、名前は手を止め、そして顔を上げた。もっとも、若いレプロバの後頭部が見えるだけだったが。彼が開けているピアスは一つだけではないことに、名前はこの時初めて気が付いた。
「すみません、お待たせしてしまって」
「そうだな、ハガネガニだってもう少しましなスピードで歩くだろうさ。俺はてっきり、あんたが俺の毛をモフりたくてわざとちんたらやってるのかと思ったよ」
 名前はぎょっとなった。そんな名前の挙動が伝わったのだろうか、スポットがぱたぱたと耳を動かす。「冗談だ」
「あんたが丁寧にやってくれてるのは解ってる。俺だってその方が有り難いからな。あんたをセクハラで訴えたりはしないさ。せいぜいゆっくりやってくれ、クソッタレの石が見付からないことを祈ってる」
 名前はもう一度「すみません」と口にしてから、触診を再開した。腰の辺りは自分でも届くだろうし、あと少しで終わりだ。
「私、スポットさんは時間に厳しい人だと思っていました」
「へえ。何でだ?」
 寡黙な男だと思っていたが、どうやらお喋りには付き合ってくれるらしい。考えてみれば彼もただじっとしているのは退屈だろう。しかし話題を間違えた。もはや後の祭りだ。
「その、前の作戦中に、さっさと降参してくれれば時間を無駄にしなくて済むのにって仰ってたので……」
「………………」
 オペレーターとして作戦に参加することもある名前は、何度かスポットと同じ現場になったことがあった。その際、抵抗をしてきた敵組織に対して彼が一人ごちっていたのだ。「そんな事を俺が?」
 スポットの声には意外そうな響きがあったが、「まあ言ったかもな」とすぐに納得したようだった。
「けどそれは、あんたとは関係ないことだ。さっきは皮肉で言ったんだ。悪かったよ。定期検査なんて、こっちとしちゃ適当にされる方が困るんだ。あんたはあんたのまま、丁寧に仕事してくれればそれで良い」
「はは……」
 名前の力無い愛想笑いに何か思うことがあったのか、スポットは付け足した。「それに俺があんたのやる事、無駄だと思うわけないだろ」
「それ、って、どういう……」
「名前、指が止まってる」
 名前は慌てて触診を再開した。

 結果的に、スポットの背に新たな源石は生えていなかった。が、どうやら表出一歩手前らしい箇所は見付かった。今まで以上に経過観察が必要だろう。引っ掛かりがあると思っていたんだ、と吐き捨てるように呟くスポットは、かなり気落ちしたようだった。
「まあ、医療部には何時に来てもらっても大丈夫なので」
「そうだな、そうすりゃあんたは俺を好きなだけモフれるからな」
「なっ……」
 二の句が継げなくなった名前を見て、「あんたほんとにモフってたんじゃないだろうな」とスポットは片眉を上げてみせる。しかし名前が彼の毛並みに心地よさを感じていた事は事実であり、否定ができない。ハァ、と小さく溜息を吐いたスポットは、固まる名前の顔の横――頬の辺りに手の甲を向けた。それからぽんぽん、と名前の飾り羽を軽く叩く。
「ま、これでお相子だ」
 真っ赤になって固まってしまった名前にスポットは首を傾げ、「やっぱりセクハラで訴えるべきか?」と冗談混じりに言った。

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