ワシ、また何かやってしもうたか?

 何がどういう話の流れでそうなったのか、名前には最早、いまいち思い出せなかった。自分からつっかかったわけではない、とは思うのだが、確信は無い。未成年のデンジ達とは違い名前は成人済みなので、この日も普通に酒を飲んでおり、そしてそのアルコールのせいで奇行に走ったのだろうとしか言いようが無い。


 たまたま任務が合同となり、その流れで名前は早川家にお邪魔していた(名前のバディは早く帰って寝たいということだったので、先に帰ってしまった)。彼の家には以前にも来たことがあるし、手の掛かり過ぎる部下を持った早川の様子を見てみたかったのだ。早川は少しばかり迷惑そうにしていたが、夕食作りを手伝ったこと、そして名前が酒を持ち込んだことで溜飲を下げたらしい。
 早川家に居候している血の魔人は、自身がGカップの持ち主であるといって憚らなかった。Gカップじゃ、そう言って腕組みをしたパワーに――おそらく、そのポーズの方が腕により胸部が持ち上がり、より大きく見えるからだ――思春期のデンジだけでなく、名前までもが思わず彼女の胸をガン見してしまったのは、まったくもって致し方の無いことではなかろうか。ふんぞり返っているパワーはかなりのドヤ顔をしている。
 Gカップ。名前は思わず鸚鵡返しに呟いた。
 名前が彼女の胸を見詰め続けるからだろうか、パワーは得意げな顔をしながらも、どこか恥らっているような様子を見せた。ちょっともじもじしている。もっとも、恐らくそういうポーズを取っているだけだろう。
「……いや」名前が言った。「嘘じゃん絶対」

 嘘なものか、悪魔は嘘などつかん、嘘をつくのは人間ばかりじゃ、と途端に不機嫌になったパワーに、名前は自然と浮かんできた笑みを堪え切れなかった。何故なら、名前は既に酔っているからだ。普段であれば、パワーが差別的なところを見せようと、どれだけ虚言を吐こうと、名前は少しも気にしない。そういうものなのだ、と自分を納得させることは得意だ。
 しかし酔っ払っている今、こうして口から意地悪な言葉が飛び出てしまうのは、実は彼女に対し、常より不満があったということなのだろうか。
「嘘は駄目だよパワーちゃん」名前の声には、自分でも気味が悪いほど甘い響きがあった。「パワーちゃんいっつも嘘ばっかり言うけど、今回は絶対嘘だもん」
「嘘なものか! ワシはGカップだったらGカップなんじゃ」
「だって私がGカップだもん、パワーちゃんとじゃ全然大きさが違うじゃん」
 パワーが目を白黒させたことで、名前は少々良い気持ちになった。

 バストのカップ数は、トップとアンダーの差で決まるらしい。その為、見た目と実際のカップ数が釣り合わなかったりもするそうだが、兎も角も名前のブラのサイズがGを記録していることは確かだ。そして――パワーの胸は、明らかに名前のものよりも小さい。
 胸が大きいことで色々と面倒な目にもあったし、悪魔を退治する時にも正直邪魔だが、こうして豆鉄砲を食らったような顔をしたパワーを見られたのだから、胸が大きくて良かったと思ってしまう。
 パワーは、虚言癖である。
 彼女と暮らしている男達は口々にそう言った。名前も同じ特異課のデビルハンターとして、パワーとは一緒に仕事をしたことがあるが、確かに彼女は息をするように嘘をつく。保身の為に口にすることが大半で、その上、自分がついた嘘を事実だと思い込んでしまうので性質が悪い。彼女と特に親しいわけではない名前は、よくその出鱈目な言葉に騙されてしまうことがあり、一度でいいから真っ向から否定してみたかった。
 別に、パワーに恥をかかせてやろうだとか、そういう事を思っていたわけではない。
 思っていたわけではないのだが、ちょっとした意地悪をしてしまったことについては申し訳ないという気持ちはややある。まあ、彼女がついた嘘が今後業務に差し障らないとも限らないし、他人が釘を刺しておくという意味では悪くないのではないだろうか。三人の様子を見るに、早川はあまり強く叱れていないようだし。
 しかし、パワーの言葉に、今度は名前の方が驚かされる番だった。「ワシはGカップなんじゃが? この女、嘘をついておる」


 不機嫌そうに口を尖らせていたパワーが、まさか開き直るとは思わなかった。自分がついた嘘を事実だと誤認しているのだと普段なら気付けたのだが、ほろ酔い状態の名前にそんな判断力は無い。おお怖い怖い、と、あたかも名前の方が虚言癖であるかのような口振りにも腹が立った。
「そんなわけないって、パワーちゃん、どう見ても私より小さいじゃん」
「人間は皆嘘つきじゃからなァ、どうせその胸も偽物なんじゃろう。この偽物め!」
「に、にせ……」
 名前はかっと自分の頭に血が上ったことが解った。再三言うが、この時の名前は酔っていたのだ。パワーの口車にまんまと乗せられてしまうほどに。「ち、違うもん!」
「ちゃんと自前だもん! パワーちゃんが嘘ついてるのが悪いんじゃん!」
「嘘などついておらん!」
「だって大きさが全然……私の方が絶対大きいよねえ早川くん!?」
「なっ……俺を巻き込むんじゃねえ!」
 早川は答えてくれなかった(何ならいつもより口調が荒かったし、食い気味に拒否られた)が、デンジは「名前さんの方がデカイっすよ」と言ってくれた。視線を逸らしながらではあるが。良い子だ。
 デンジが名前の肩を持ったからだろう、パワーは唇を尖らせて今度はデンジに掴み掛かっていった。兄妹喧嘩のようだといえば可愛いかもしれないが、パワーは本格的に組み伏せようとしているように見えるし、デンジは本気で抵抗しているように見える。しかしどうやらこの程度のじゃれあいは日常茶飯事らしく、早川は溜息をつくだけだ。
 名前はわあわあ喚いているパワーを――主に彼女の胸部を眺めていたが、やがて一人頷き、それから手を伸ばした。

 ふに、と柔らかい感触があったのは一瞬だった。仄かな暖かさがないわけではないものの、胸を揉んでいるという温かみがまったくない。これはつまり、と名前が考えた瞬間、パワーが「ウオアアアア!」と名前を力任せに振り解いた。当然、名前はそのまま無様に倒れ込んでしまう。背後に何も無くて良かった。
「なっ、いきなり何をするんじゃア!」パワーが叫んだ。
 上手く受身が取れなかったせいで頭の後ろが痛い。起き上がろうとするものの、勢い良く何かが飛び掛ってきたせいで、名前は再び早川家のカーペットにハグを交わすことになった。名前に圧し掛かっているのはパワーだったが、蛍光灯のライトで影になっているせいで、彼女がどんな表情をしているのかは解らない。
 むんず、と、パワーが名前の胸を掴んだ。


 最初はお互いに揉み合っている――というよりもむしろ、喚き散らしながら互いの乳を掴み合っていると言う方が近い――だけだったのだが、いつの間にか殆ど名前が一方的に揉まれていた。どう考えても体勢が悪かった。名前は仰向けに倒れたままだし、パワーはそんな名前に跨っていた。
 パワーは始めの内は名前の胸も自身と同じようにパットが入っていて、それを確かめようとしていたらしかったのだが、どうやら本物だと認識せざるを得なかったようで、途中からは「ワシがウヌの胸を小さくしてやる!」という言い分に変わっていた。
 揉めば大きくなるとは聞いたことがあるが、その逆は聞いたことがない。
 しかしながら自分の言葉を信じ込んでいるパワーは、名前の両胸を思い切り掴んだり、上へ下へとこねくりまわしたりと、名前の胸を熱心に揉み続けた。彼女は本気で名前の胸をGカップでなくさせようとしていたのだ。最終的に名前のTシャツは殆ど捲り上がっていたし、下着に至ってはまったく意味を為していなかった。
 名前が一際大きな声を出してしまった時、初めてパワーはびくりと動きを止めた。
 彼女の顔はやはり逆光でよく見えなかったのだが、「あ、これ、食われるのかな」と、そんな風に考えたことを覚えている。早川がパワーを殴って止めてくれなかったら、どうなっていたか解らなかった。名前は暫く酒をやめた。

[ 208/832 ]

[*prev] [next#]
[モドル]
[しおりを挟む]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -