続キバナ様の憂鬱

 トーナメント方式だから仕方ないものの、試合と試合の間にはかなりの隙間時間がある。一試合が長引くこともあれば、バトルコートが半壊し、整備に時間が掛かることも少なくない。また、それらはトーナメントを勝ち上がれば勝ち上がるほど増える為、嬉しい悲鳴というものだ。まさかポケモンバトルに手を抜くわけにもいかず、キバナ達ジムリーダーは甘んじて受け入れている。次の対戦相手の対策を練ったり、ポケモンの調子を確かめたり、SNSをチェックしたり、他の選手と雑談に興じたり。
 スポンサーを背負っている以上、ジムリーダーはある種人気商売の側面もある。そのため、スタジアムでは険悪な雰囲気を装うこともあるのだが、皆基本的には仲が良かった。ポケモン談義に花が咲くことも常だし、そもそもジムリーダー同士、他には言えない苦悩があったりなかったりするものだ。
 なあこれ、何か解るか?とキバナが尋ねれば、隣のベンチに腰掛けていたヤローは「はい?」と言って此方に身を乗り出した。
 どれどれ、とキバナが差し出したロトムを覗き込むヤローは、先ほどまで目を爛々とさせ、ポケモンを戦わせていた男と同一人物とは思えない。汗もすっかり引き、普段通りののどかな雰囲気の好青年に戻っている。「ああこれ、ナゾノクサですわ」

「ナゾノクサ?」
「はい」
 キバナは再び自分のスマホロトムの液晶を見詰めた。何の変哲もない風景写真、それどころか微妙にぼやけているただの地面の写真で、何故それを撮ったのか理解に苦しむような画像だった。しかしヤローに言わせれば、これはナゾノクサらしい。地べたから生えているにしては葉だけで茎が無いな、と思ったのだが、言われてみれば確かにナゾノクサの上半分に見えなくもない。
 へえ、と興味深そうに呟くキバナに、ヤローは小さく笑う。「ナゾノクサは夜行性なんですわ。昼間はそうして地面の下で寝とるんです」
「流石くさタイプのスペシャリスト、よく知ってるな」
「わはは」
 照れ臭さを誤魔化すために笑ったのだろうヤローは、「しかしまあ、変わった写真ですねえ」と不思議そうに言った。
「風景を撮ってるわけでもない、人も映っとらん、かといってポケモンを撮ってるわけでもない。ほらここのところ、遠くにキレイハナが映っとるでしょう。そっちをメインに撮る人の方が多そうですが……ナゾノクサを見つけたってことなんでしょうねえ、たぶん」
 賞に出したら真っ先に落選しそうな写真ですねえとヤローは小さく言った。どうやらかなり言葉を選んでいる。確かに、スマホロトムを初めて手に入れたスクールボーイが初めて撮った写真、というような、独特の風情があった。もっともあながち間違ってはいないのだが。――それくらい何でもない写真、それどころかそれ以上に全く意味の解らない写真なのだ。この写真も、そしてこのアカウントに上げられている他の写真も。
「キバナさんのお友達ですか?」
「まあそんなところだな」
 キバナは言葉を濁した。
 最後にどの辺りで撮られた写真か解るかと尋ねれば、ワイルドエリアのこもれび林辺りではないかとヤローは言った。


 キバナがワイルドエリアを訪れたのは、それから程なくしてからだった。
 ガラル地方でのジムチャレンジは他地方と違い、こなす順番が決まっている。キバナは八番目、つまり最後のジムリーダーである為、ジムチャレンジの期間内にバトルする数が少ない。チャレンジャーが八番目まで勝ち抜けなかったり、途中で脱落してしまったりするからだ。もちろんポケモンのトレーニングは欠かさないし、ジムリーダーとしての雑務もあるが、他の面々よりは時間に融通が効く筈だった。
 ヤローが言ったようにこもれび林の上空を飛んでいたキバナだったが、やがて立ち昇る細い煙を見付けた。キャンプをしているのは果たして名前で、キバナがフライゴンから降り立つと、「キバナくんだ」と手を振った。
 いつぞやと同じように、名前はカレーを掻き混ぜていた。というか会う度にカレーを作っている気がする。確かにガラル地方ではカレーライスは大流行しているし、キバナだってそれに文句は無いが、名前はガラル人ではないのだからそれに倣わなくても良いだろうに。以前似たような事を尋ねたことがあるのだが、材料が手に入りやすいし、ポケモン達の分も作ろうと思うと手軽だからと返ってきた。ジジーロンやナッシーなど、彼女の手持ちには大柄なポケモンも多いので、理に適ってはいるのだが。
「どうしたのキバナくん」
「名前さんの顔、見たくなったからじゃダメ?」
「別にいいけど」名前は笑った。「変わり映えのない顔だよ」
 食べていくかと誘われたので、その言葉に甘えることにする。何だかんだでいつもご馳走になってしまうので、たまには此方から食事に誘いたいとは思うものの、名前は殆どワイルドエリアから出てこない上、ナックルシティを二人で歩くとなると大炎上が目に見えている。ちょっとした炎上なら日常茶飯事で慣れているのだが、わざわざ自分からマルマインにちょっかいを出さなくてもいいだろう。
 まあ、今度珍しい食材でも持ってくるかな。
 食材屋を脳内でピックアップしながら、差し出されたカレーを受け取る。それから流れるように自撮りをした。カレーと、それから近くに来ていた名前のフライゴンとのツーショットだ。「これSNSに上げて良い?」と尋ねれば、小さく頷きが返ってくる。名前は映っていないが、確認しておくことは大事だ。仮に映っていたとしても彼女は良いと言っただろうが。
「そういや、名前さんもうちょっと映える写真載せた方がいいんじゃないの?」
「ばえ」
「SNSやり始めてから暫く経つのに、全然フォロワー数増えないだろ。いいねとか来るの嬉しくない?」
 旧型のポケギアしか持っていなかった名前にスマホロトムを持たせたのはキバナで、その流れでSNSも始めさせたのもキバナだ。彼女のアカウントには、キバナのサブ垢を含めた数人(恐らく殆どbotだ)しかフォロワーが居らず、特にコメントを入れたりもしていない事もあり、殆ど動きが無い。淡々と、よく解らない写真を時々上げるだけのアカウント。
 もっと自撮りするとかさ、と口では言いつつも、キバナは特に現状を変えさせようとは思っていなかった。彼女のリーグカードは自分だけが持っていればいいと思うし、SNSも自分だけが見ていれば良いと思うし。
「別に、特に増えなくてもいいかな」
「そうか? あとオレさま、どうせならもっとちゃんと撮れた写真上げる方が良いと思うぜ。苦手な味頑張って食べてるジャラランガとか、埋まってるナゾノクサとか、キバナ様くらいしか解んねえよ。あと大体ぶれてるし」
「うーん……」名前は少々考えている様子を見せた。「キバナくん宛てにやってるようなものだから、別に問題ないよ」
「は……」

 名前は自分の攻撃がキバナの急所に当たっていることを解っているのかいないのか、「キバナくんだってたまによく解んない写真あげてるじゃん、すなあらししか写ってないやつとかさ」と一人で笑っていた。おいうちだ。
「……名前さん、オレのアカ見てるんだ……」
「うん? 見てるよ」
 むしろキバナくんのしか見てないよと不思議そうに言われ、キバナは何も言えなくなってしまった。カレー冷めちゃうよと促されたが、キバナにはもはや、このカレーが辛いのか甘いのか、それとももっと他の味なのか、少しも解らなくなっていた。

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