キバナ様の憂鬱

 ナックルスタジアムはマクロコスモス・バンクとスポンサー契約を結んでいた。財宝を守るドラゴンというイメージなのだろう。代々ドラゴン使いをジムリーダーに据えている為、この契約はマクロコスモス社創設以来続いている。
 現ジムリーダーを務めているキバナも、それらの関係から年に数回マクロコスモス・バンクを訪れる必要があった。ファンに手を振り返してやってから、入り口に佇んでいるポケモンに目を留め、そして盛大に目頭を押さえる。警備についているのは、鍛え上げられたジャラランガ。彼の方もキバナに存在に気が付いたのだろう、尻尾を小さく揺らしてみせた。かしゃり、と、鱗が軽い音を鳴らした。


 マクロコスモスでの用事が終わった後、キバナはその足でワイルドエリアに向かった。広大な土地だが、キバナにとっては庭のようなものだ。エリアに隣接するナックルシティ、その街にあるナックルジムのジムリーダーとして、ワイルドエリアの事は常に気に掛けていなければならないからだ。フライゴンはすぐに目当ての人物を見付けてくれた。
 巨人の腰かけと呼ばれるエリアのその川べりで、名前は手持ちポケモン達と共にキャンプと洒落込んでいた。カレーの良い匂いが立ち込めている。名を呼ぶと彼女は振り返り、「キバナくん」と少しだけ意外そうな顔をしてみせた。
「おひさ」
「おひさ〜、じゃない!」
 キバナが怒ってみせても彼女は特に気にした風もなく、「ノリツッコミするね」と言うだけだった。キバナは頭を抱える。もっとも流石に動作にはしない。表情には出てしまっているかもしれないが。
「――見たぜ!」
「何を?」
「ジャラランガ! 銀行で!」
「ああ、そうなの? 元気そうだった?」
「毅然と立哨してたぜ――じゃなくて、何でポケジョブなんてさせてんだって言ってるんだよ!」
 キバナがそうがなっても、名前は一向に堪えた様子も無かった。彼女は――キバナの前任である彼女ははたと手を止め、まじまじとキバナを見返す。「そりゃ、ポケジョブ募集してたからでしょ」
 何を言っているんだ、とでも言いたげな表情だ。

 マクロコスモス・バンクは、ナックルスタジアムのスポンサーを務めているように、ドラゴンポケモンをイメージポケモンとして採用していた。宝を守るドラゴン。ポケジョブで求められるのも、その殆どがドラゴンタイプのポケモンだ。キバナ自身、広報の一環として、時折ジュラルドンやフライゴンを連れて来るよう頼まれる事もある。そしてドラゴンポケモンは個体数が多くないことや、育成が困難なこともあってあまり一般的ではない為、こうして元ナックルジムのジムリーダーがポケモンを貸し出していることも少なくないのだ。
 どこ吹く風、そんな調子の名前に、キバナは頭痛がしてきそうだった。
 ――前々からそうだった。彼女はキバナが何をしても気にしない。何度ジムチャレンジで挑んでも、そしてジムリーダーの座を勝ち取っても、彼女は少しも気にしなかった。短期間とはいえ元ジムリーダーなのだからワイルドエリアに野宿するのはやめてくれと懇願しても、まったく気にしない。

 渋い顔をするキバナに不思議そうに首を傾げつつも、名前はキバナから視線を外し、再び手を動かし始めた。長身のキバナの元にまで、スパイスのきいた良い香りが漂ってくる。
 昔から、この人のことは少しばかり苦手なのだ。彼女は少しも此方の言う事に動じないのに、自分ばかりがあくせくさせられる。
 キバナがどっかりと腰掛けると、名前は少しだけ此方を見た。
「珍しいね。食べてく、って、今聞こうとしてたのに」
「オレさまの分くらいあるでしょ」
「あるけど」
 遠くの方で、野生のジュラルドンが前脚の爪で地面をかいていた。「オレさまだってさあ、別に小言言いに来たわけじゃないんだよ。たださあ、憧れのトレーナーがポケジョブやってるところなんて見たくないわけ」
 自分があれほど苦労して攻略したポケモンが、子供でも出来るようなポケジョブに甘んじている姿なんて好き好んで見たくはない。そりゃ、ジャラランガや他のポケモン達が警備に就いているのは格好良いが、それでもだ。

 ふと、キバナはカレーを掻き混ぜる手が再び止まっていることに気が付いた。彼女はキバナの良いうことに少しも動じない。それなのに、今の彼女は仄かに顔を赤ら――照れたような顔をしている。
 自分が不満に任せて何を口走ってしまったのか。そして、彼女はオレさまのことなんて、少しも気にしていない筈なのに。
 キバナは今度こそ頭を抱えた。
「キバナくん、やっぱりカレー無しね」
「やめろよもうカレーの口になってるんだから」

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