65

 不合格者が退出した後、試験会場の至る所が一斉に爆破された。曰く、二次試験は同会場での救助演習となるのだという。「……救助かあ」
「ヒーローの本分だな、穴黒くん!」
「ヒッ……い、飯田くん……」
 急に肩に手を置かれ、名前は文字通り飛び上がった。「ヒッとは何だい」と不思議そうにしている彼に、「な、何でもない!」と慌てて首を振る。少し離れたところに居る芦戸達が、どこかにやにやしている気がして居た堪れない。葉隠など、表情も伺えないというのにだ。彼女達を出来る限り視界に入れないようにしながら、名前は飯田に向き直った。
 ――数日前のやり取り以来、名前は飯田の顔を、まともに見ることができないでいた。
 別にそういうわけではない、そういうわけではないのだが、意識しないようにすればするだけ逆に意識してしまうのだ。赤くなって固まる名前を前に、怪訝そうにする飯田、という構図は、何も今回が初めてではない。
「具合が悪いのなら棄権もできると思うが……」
「ちっ、違うよ、大丈夫!」挙動不審に映るのだろう、尚も食い下がろうとする飯田に、「ちょっと考え事してただけだから!」と慌てて両手を振った。「ええとその、こんなに本格的な救助訓練……いや訓練じゃないけど、こういうの、初めてだなって思って」
 名前の言葉に、「ふむ」と小さく呟く飯田。
「確かに、13号先生の救助訓練は、ここまで大規模ではなかったものな。けど――」
 穴黒くんはさほど関係ないだろう、と、飯田は笑ってみせた。それがどういう意味なのか聞き返そうとした丁度その時、二次試験開始の合図が――模擬サイレンが響き渡った。


 名前達は最初、一次試験と同じように固まって動こうと思っていた。しかし一次と違い救助演習ということで、一刻も早く要救助者(もちろん彼らは本物の一般市民ではなく、こうした訓練において傷病者役を演じる民間会社の人達だ)の元へ向かわなければならないことから、ばらばらに動いた方が良いと判断した。「そこの……髪二つ縛ってる傑物の先輩!」
「ぁえ? 私……?」
 名前は自身を指差している他校の生徒――中瓶畳に強く頷き返してから、「すみません!」と声を荒げた。「この奥にまだ一人残ってるみたいなんです! 様子を見てきてくれませんか? 私達じゃこの隙間を通れなくて!」
 彼女は一次試験で、確か体を小さくしていた筈だ。
 そういう事ならと女子生徒が体を折り畳み、要救助者の下へ向かったのを見てから、名前は再び耳郎を見た。
 救助演習が始まり、名前が真っ先に声を掛けたのが耳郎だった。万能の“個性”を持った八百万が居れば、この場は何とかなる――そう判断して、名前は耳郎に一緒に来てくれないかと頼んだのだ。彼女が居てくれれば、救けを求める負傷者を見逃すことは絶対に無い。名前に声を掛けられたのが予想外だったのか、耳郎は意外そうな顔をしていたものの、すぐに頷いてくれた。近くに居た口田も一緒に来てくれることになり、名前達は三人で少し離れた区域に来ていた。
「ん、受け答えははっきりしてる」耳郎が言った。彼女のイヤホンが、瓦礫の様子を伺っているのだ。「けど、足が埋もれてて身動き取れないっぽい」
「じゃあこれをどかすところからだね。――あ、すみません!」
 名前は再び通り掛った他校の生徒に声を掛けた。名前を含め、今此処に居る雄英生だけでは、瓦礫の撤去は難しい。もちろん砂藤や切島を呼べば何とかなるかもしれないが、名前は他校生に頼る道を選んだ。
 本来であれば、お互い仮免取得を目指しているのだから、他校の生徒はむしろ、名前達にとって出し抜くべき相手なのだろう。しかしながら救助演習という場で、それをする事が名前にはどうしてもできなかった。救助や避難、それらを全て一人で行えるのがヒーローであり、他校生に頼ることで対処能力が無いと判断されるかもしれないが、救助が遅れるよりはずっとましだ。

 無事に助け出した老人を背負い、名前は救護所へ向かう。名前の“個性”では、こういった場で出来ることが殆ど無いからだ。例えば13号であれば、瓦礫ごと吸い込んで被害者の救助と場の整頓、それから二次被害拡大の防止を一人でやってみせるだろうが、こればかりはどうしようもない。避難させてくるねと言った名前に、耳郎は「ウチらまだこの辺りに逃げ遅れてる人が居ないか探しとく」と頷き、口田と揃って親指を立ててくれた。
 救護所に設定した控え室は、既にかなりの人数が避難してきていた。HUCの人達が何人配置されているかは不明瞭だが、この様子なら避難場所はまだ暫くは機能するだろう。もっと人数が増えるようであれば、名前も此方に加わるべきかもしれない。
 連れて来た老人を介護役の生徒に任せ、名前が現場に戻ろうと駆け出した時だった。猛烈な爆発音がし、会場の壁が崩れていた。中からは覆面姿の男達が現れる。敵だ。『――現場のヒーロー候補生は敵を制圧しつつ、救助を続行して下さい』

 真っ先に敵役に向かっていったのは傑物学園の真堂という生徒で、名前もその後に続いた。どうやら近くに居たらしい緑谷が「穴黒さん!?」と焦った声を上げる。「避難お願い!」と叫び返しつつ、「真堂さん!」と前を行く真堂に話し掛ける。
「雄英の穴黒です! “個性”は重力、遠距離から敵を拘束可能です! 真堂さんの揺れの邪魔はしません!」
「――頼んだ!」
 此方をちらりと見返した真堂はすぐに名前から目線を外したが、そう言うなり大地に手を付いた。瞬間、彼の足元から放射状に地響きが広がっていき、此方へ向かって走ってきていた敵達の足を止める。名前も両手を突き出し、敵役の男達が立つ場所の重力が何倍にもなるよう操作する。
 元々真堂の邪魔にはならないよう努めるつもりだったが、名前が重力を強めた場所を真堂が“個性”で揺らすことで、より大きな揺れが発生しているようだった。何人もの敵役達が、膝を付いているのが見える。嬉しい誤算ではあったものの、逆の結果だったらと肝が冷える。しかし二の足を踏んでくれたのは全員ではなかったし、名前達とは比べ物にならないほど場数を踏んでいるのだろうプロヒーローには、まったく無意味なようだった。
 温いな、そう言って名前を壁際まで蹴り飛ばしたギャングオルカは、予備動作もなくそのままクリック音で真堂を麻痺させた。
「この実力差で殿が二人、なめられたものだ」
 思い切り頭からぶつかったからだろう、意識が朦朧となりながらも名前は前を向く。自分の右腕が本来とは違う向きに曲がっていることには気付いていたが、それでも“個性”の発動は解かなかった。救助の場では役立たずなのだから、せめて一人でも敵の足を止めておかなければ。轟達が助太刀に現れたのは、それからすぐの事だった。

[ 284/832 ]

[*prev] [next#]
[モドル]
[しおりを挟む]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -