しなないでね

 ふと寝苦しさを感じ、目を覚ます。真暗な部屋の中、窓から差し込む月明かりだけが頼りだった。突然首筋に手を当てられ、体に緊張が走るが、何てことはない、自分の恋人がいつものように俺の「生」を確かめているだけだった。

 ゾンビマンは薄目を開けた。顔はよく見えないが、押し留めた泣き声が聞こえてくる。名前のこんな様子を見る度に、ゾンビマンは心臓に杭を打ち込まれるような心地になる。

 名前は時々、こうして無性に不安に駆り立てられた時に、ゾンビマンの「生」を確かめようとした。突然顔に手を当ててくるのはしょっちゅうで、ひどい時など小一時間抱き着かれることもある。心臓の音を聞いていたいのだそうだ。最近では怪人の出現率が上がっていることもあってか、名前がこの状態になることも稀ではない。
 彼女は怪人に襲われた町の、唯一の生き残りだった。詳しく聞いたことはないが、沢山の死を見たのだろう。そのトラウマが、時折彼女を不安の海に叩き落とすのだ。

 小さな嗚咽を漏らしながら、俺の顔やら首やらにそっと触れる名前。
 身を起こしていた彼女をぐっと抱き寄せる。いつもなら照れて真っ赤になるだろうが、名前はただただ泣きそうな顔でゾンビマンを見るだけだった。
「いいから寝ろ、名前」
「ゾンビマン……」名前が呟いた。「死なないでね」

 しなないでね、しなないでね、と、繰り返し続ける名前。彼女の顔が見えなくなるように、ゾンビマンは抱き抱えた。胸の辺りで、震え続ける名前を感じる。彼女の背を撫でながら、ゾンビマンは言った。「俺は死なない」
「死なないでね、死なないでね」
「俺は死なない」
「死なないでね、死なないでね」
「俺は絶対に死なない」
「死なないでね、死なないでね」
「名前、俺は、絶対に死なない」

「私を残して、死なないでね」
「名前、俺は、絶対に死なない。お前を一人残して死んだりはしない。絶対に」


 ようやく、名前の震えが止まった。耳を澄ますと、微かな寝息が聞こえてくる。ゾンビマンは彼女の背を撫で続けながら、口の中で言葉を繰り返した。俺は死なない、俺は死なない、俺は死なない――。
 俺は、絶対に、死ねない。

「おやすみ、名前」
 ゾンビマンはそっと彼女の額に口付けた。もう二度と、彼女が不安に苛まれることがないように。絶対に約束を守ると誓いながら。

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