この間、アオイさんに何やらお願い事をしていたでしょう。
 タイム先生に開口一番そう尋ねられ、名前は喉の奥の妙な部分がぐっと鳴ったのをはっきりと耳にした。

 働きながらでも通うことができるよう、アカデミーは夜間も開校しているが、どちらかと言うと昼間の授業の方が疲れるよなと名前は考えていた。年齢的に幼い生徒が多いせいか、授業終わりは毎度のように質問責めにされるし、今だって元ジムリーダーという名前の肩書きを頼ってだろう、ポケモンバトルについてアドバイスを求められている。
 確かに名前は以前はジムリーダーとして働いていたが、別に特別バトルが好きなわけじゃない。そのため実は求められても内心では困ってしまうのだが、もちろんこんな事は人には言えないし、自分を慕ってくれている生徒達にはもっと言えない。
 バトル学を教えているキハダ先生に聞いてみるのはどうだと言ってみることもあるのだが、どうやらキハダ先生と肌が合わない生徒が名前のところに来るらしかった。確かに、名前の元へ訪れるのは、おとなしい生徒が多いような気がしなくもない。頼ってくれる生徒を無碍にも出来ず、結局はタイプの相性やわざの効果など、自分が持ちうる知識を懇切丁寧に伝えることにしている。
 一通りのアドバイスの後、最終的に「俺達がポケモンを信じればポケモン達もきっと応えてくれるぞ」という言葉で締め括った。嘘は言っていない。
 タイム先生に声を掛けられたのは、「先生ありがとー」と駆けていく生徒達を見送っていたその時だった。


 立ち上がった名前に、タイム先生はほんの少しだけ眉を動かした。周りから何となく視線を感じるのは、他の先生達が名前達のやりとりを見守っているからだろう。名前は、彼らが名前とタイムの言い争いを面白がっていることに気付いていた。むしろ何なら名物とすら言われている。それはいつしか生徒達にも広がっていて、名前としては遺憾の意だ。
 タイム先生にじいと見上げられながら言葉を紡ぐ。
「アオイ……というと、今年入った総合コースの学生ですか?」
「ええ」
「確か、凄まじい速さでポケモンジムを回っているんだとか」
 もしかすると生徒会長に次いでチャンピオンになるかもしれませんねと名前が言っても、タイム先生は笑うだけだった。話を変えてくれる気が少しも無い。「あー、彼女がちょうど通り掛った時、授業の具合はどうかと尋ねたことはありますね」
「あら、そうなの?」
 タイム先生が納得してくれたようだったので、名前は内心でホッとした。生徒に授業の感想を求めたことは一度も無かったが、何とか騙されてくれたようだ。まさか、普段あれだけ口で争っておいて、嫌われたくないと思われているなんて知られたくない。

 別に、タイム先生を言い負かしてやろうとか、喧嘩を売ってやろうとか、そういう気持ちで居るわけではない。むしろ名前としては穏やかに会話が済むように気を遣っているし、恐らくタイム先生だって恐らくそれは同じだ。ただポケモンバトルとなると、お互い譲れないものがある。結局いつも、ただの雑談が最終的には口論に発展してしまうのだ。
 ポケモンはトレーナーの気持ちに応えてくれる。それは嘘じゃない。
 ポケモンを信頼して不利な盤面であろうとも大技を使う名前と、その場に応じて最善手を導き出すタイム先生とでは、どうしても相容れない部分がある。どちらが正しいという事も無いポリシーのぶつかり合いは、どうしたって解決しない。
 何となく名前が折れてしまう事が多いのは、彼女の方がキャリアが長いからだとかレディーファーストだからだとかではなく、生徒にそれを伝える事は果たして正しいのかという迷いが名前自身にもあるからだ。
「名前先生、お酒はお好きかしら?」
「……はい?」

 意識の外から話し掛けられて、思わず声が裏返ってしまうところだった。お酒……お酒?
「ほら、わたし達、二人共元ジムリーダーでしょう? 名前先生とは一度ゆっくりお話してみたかったのよね」
 にこりと微笑むタイム先生の言葉を脳内で反芻する。お酒はお好きかしら、一度ゆっくりお話してみたかったのよね。つまり、呑みに誘われているということなのだろうか。
 アルコールが入って、本当に歯止めが利かなくなったらどうしよう。そんな事を考えつつも、「どうかしら」と促された名前は「好きです」と食い気味に返事をしてしまった。隣の席の歴史教師が無言で大笑いしていて最悪だ。
 それならバッチリねとタイム先生は言った。「ああ、けど」
「わたし、素直におしゃべりしてくれる人が好きなのよね」

 せっかくだもの、お酒は楽しく呑みたいし、楽しくお喋りしたいじゃない。本音でお話できたら素敵よね。もちろん雄弁が銀とは限らないけれど、名前先生はどう思うかしら。
 にこにこと微笑を携えたままそう尋ねるタイム先生に、何故か名前は二十年前のことを思い出していた。――次々精製されていく岩石郡に、鋭い眼光をした、オオカミポケモンの姿。
 すみませんタイム先生おれさっきちょっと嘘ついちゃってたかもしんないです、と、名前が早口で言うと、「あらそうなの?」とタイム先生は小首を傾げてみせた。名前は自分の情けなさに眩暈がしそうだったし、それ以上言及しなかったタイム先生は、ひょっとすると最初から解っていたのかもしれない。
 呑みに誘われてるならば、きっと嫌われてない、筈。
 自分にそう言い聞かせると同時に、今度こそ噴出して笑い始めたレホール先生に、今度校長から説教されていても助けてやらないと心に決めた。お酒は呑めるのよねという言葉に頷けば、タイム先生はじゃあ連絡するわねと言って自分の席に去っていった。ちなみに、思い立ったが吉日ということで、名前達はその日の仕事終わりにバルへと繰り出したが、緊張で酒の味も解らなかったし、最終的にはどうやって帰ってきたかも解らず怖かった。

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