二人きりのジョーカーゲーム

 イッシュ地方四天王代理、それが名前の現在の肩書きだ。
 バトルフロンティアからの要請で、カトレアが暫くの間シンオウ地方に戻ることになった。最長でも二年ということだったが、四天王が長期でリーグを空けるわけにもいかず、代理として四天王の座に就いたのが名前だった。カトレアが推薦した友人のトレーナーということで、リーグ本部も始めは難色を示していたが、彼女は割り振られる雑務も真面目にこなしたし、また名前のトレーナーとしての実力も申し分なかったのか、すぐに受け入れられた。
 彼女自身が人懐っこい性格をしている為、他の四天王達ともすぐに馴染んでいた。ギーマも懐いてくる名前に悪い気はせず、顔を合わせば色々と世話を焼いてやるようになった。
「ポケモンリーグって、強いトレーナーといっぱいバトルできて楽しいですね!」
 そう言って屈託無く笑う名前の、様々な表情を見てみたいと思うまでにさほど時間は掛からなかった。

 いつも同じでは芸が無いから、今日は負けた方が自分の秘密を一つずつ打ち明けていくっていうのはどうだい。
 いつ来るとも知れない挑戦者を待つ間、ギーマ達がトランプに興じることは度々あった。もっとも、レンブはトレーニング、シキミは執筆に篭ることが多く、今日のように二人きりになる事も少なくない。
 ギーマの提案に、名前は「いいですね!」と同意した。どうやらギーマがこれを機に色々と探ろうと考えていることも、まったく気付いていないらしい。ギーマがジョーカーゲーム、つまりババ抜きを選んだのも、人数が足りないからではなく、イカサマが容易にできるからだ。名前は元々カードゲームに弱いので、こんな小細工は必要ないかもしれないが、念の為だ。
 カードの裏面の模様を全て暗記しているギーマにしてみれば、全ての数字を明らかにしたまま行うようなものだ。

 カードを配り終えた後(何度も見ている筈なのに、名前は「やっぱりギーマさんのカード捌きはすごいですねえ」と笑った)、二人でそれぞれの手札から揃ったカードを捨てていく。
 開始時に何枚残るかは運次第だが、ギーマには例え名前の手札が二枚きりだとしても勝つ自信があった。カードの模様も覚えているし、元々名前は読みやすい。本人の勝負運も良くないのか、最初から窮地に追い込まれていることもままある。
 また、名前は悩んだ末に悪手を打つことも少なくない。超能力に頼って良いカードを引いてみせると豪語することもあるが――名前はカトレアと同じくエスパーポケモンの使い手だったが、カトレアとは違い超能力が使えるわけではない――そういう時は大概逆の結果に終わる。むしろ直感で選んだカードの、その逆を選ぶ方が良いのではないかとギーマは密かに思っている。
 この調子で四天王の代理が務まるのだろうかと思うのだが、聞くところによると四天王戦は勝ち越しているらしいので、ポケモンバトルにはあまり関係ないのだろう。
 勝つか負けるか予測できないギャンブルを好むギーマにとって、彼女のような人間は、本来であれば一度ゲームをしただけで気が済んでしまう筈なのだが。
 ――やはりと言うべきなのか、一度目のゲームはギーマの勝利となった。
「私、実はアローラ出身なんですよね。イッシュでもシンオウでもなくて」
「そうなのかい?」
 名前は些か不満げだ。「ギーマさん、あんまり驚いてませんねえ」と口を尖らせている。ギーマがオーバーリアクションを取ることを期待したのだろう。あまり日に焼けていない名前は、確かにアローラ地方出身者には見えないし、ギーマを含め、リーグ関係者の皆が名前をシンオウ地方の出だと思っていた。ギーマも事前に探り、そして突き止めていなければ、おそらくもう少し驚いていただろう。
「アローラって島国なんですけど、各島に代表の人が居て、しまキングとか、女の人ならしまクィーンっていうんですけど……私の父がその代表だったんですよね。で、周りから色々言われるのが嫌で結局逃げてきちゃいました」
 笑いながら話す名前から、ジョーカーを含んだカードの束を受け取る。シャッフルし、カードを配り、そして再び同じ数字のカードをそれぞれ除いていく。

 二度目のゲームも、ギーマが勝利することになった。名前は残り一枚のところまでは手札を減らしたものの、最後の最後にジョーカーを引き、結局それを手放すことができなかった。「私、実はエスパー使いじゃないんですよね」
「……へえ?」
 名前は自分が持っていたジョーカーと、捨てたカードの山を一つにし、綺麗に束ねてからギーマに手渡した。「ほら、私って一応カトレアちゃんの代理じゃないですか。だからエスパーポケモン使った方が良いのかなって」
「到底信じられないな。きみは戦績も良いって聞いてるぜ」
「そうなんですか? 普通にバトルしてるだけなんですけどねえ」
 ちなみに元々どういうポケモンを使ってたんだと尋ねれば、あくタイプ使いだったのだと返ってきた。
「ギーマさんがあくタイプのトレーナーだって聞いたのでやめたんですよ。やっぱり四天王同士で使うタイプが被ってるのはまずいですもんね」
「それは悪いことをしてしまったかな?」ギーマが言った。「けど、君はあくタイプ使いって感じはしないな。あくタイプの使い手というのは、もう少しひねくれているものだが」
「えーっ! 私すっごくひねくれてますよ!」
 そう言って、両手で握り拳を作ってみせる名前。思わずギーマが小さく噴き出すと、名前もつられて笑い出した。

 二人きりのジョーカーゲーム、ルールからしてすぐに終わってしまいそうなものだが、お互いに取りとめのないことを話しながらであり、(主に名前が)もったいぶってカードを引く為、まだ二ゲームしかしていないのに既に一時間以上が経過していた。挑戦者はまだ訪れない。一人もチャレンジャーが来ないこともよくあるので、今日も待ち惚けたままで終わるかもしれなかった。
 ギーマがトランプを配り、それぞれ手札を揃え終えた時、名前が「私が先に引いていいですか?」と尋ねた。ギーマが頷いてみせれば、彼女は嬉しそうにギーマが差し出したカードを選び始めた。
 名前の白い指が、まるでどれにしようかなとでも言うように、ギーマの手元にあるトランプを一枚一枚吟味する。
 彼女の指先がジョーカーに止まり掛けたので、始めから引いてしまうかなと思ったが、結局彼女はそのすぐ隣のカードを選んだ。名前は今引いたクローバーの8と、手札から一番右にあったカードを重ね、テーブルの上に置く。「ギーマさん、同じ種類のトランプいくつかお持ちですよね」
 言葉の意味が解らずに顔を上げると、こちらを見ていた名前と目が合った。にこ、と優しく微笑まれる。名前がカードを引き、再びテーブルの上に置く。「よく似た柄のトランプ、いくつかお持ちですよね。三……たぶん四セットはお持ちなんじゃないかなと思うんですけど」
「それは……」
「何でなのかはよくわからないんですけどね? で、今日は三回とも同じものを使われてるじゃないですか」
 名前が再びカードを引いた。スペードのジャックがトランプの山の上に置かれる。
「私も裏の柄、覚えちゃいました」

 ギーマの手にしているカードと、名前の手にしているカードが、共に一枚ずつ減っていく。二人きりのゲームなのだから当然だ。そしてギーマは気が付いた。名前がカードを引くたび、彼女が手にしているカードの、その右側から順に減っていくことに。
 いま真ん中にあるのがジョーカーですよね、と、名前は言った。
「相手の考えを読むのがお上手なギーマさんのことだから、当然私がギーマさんのことを好きなのもご存知なんでしょうけど、私、こういう回りくどいの嫌いなんですよね」
 名前が右端にあったカードを引いた。残り二枚。
 最後に残ったハートのエースに手を伸ばしながら、「ギーマさんは私にどんな秘密を教えてくれるんでしょうねえ」と笑った。
「……きみ、確かにあくタイプ使いだぜ」
 にやにやと此方を見ている名前を前に、ギーマはゆっくりと口を開いた。

[ 28/832 ]

[*prev] [next#]
[モドル]
[しおりを挟む]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -