或る理由

「ジャミルさん、よろしければ僕とペアになりませんか――」
「すまないなアズール、俺は名前と組むから他を当たってくれ。な、そうだよな名前」
「……おぉ」
「――そうですか、次回は是非僕と一緒に組みましょうね」
 引き下がっていったアズールと、その背を見送りながらも舌を出しているジャミル。近頃よく見るようになった光景だ。どうやらホリデーの間に何かあったらしい。

 クルーウェルの授業は、その大半が二人一組で行う実験形式だ。その為、このやり取りはその都度行われる。最初の内は、あの手この手でジャミルを誘おうとしているアズールを眺めているのが割と面白かったのだが、週に三度も見ていると段々と飽きてきた。
 よくもまあアズールは断られると解っていてジャミルに毎回声を掛けるなと思うし、ジャミルはジャミルで毎回俺を巻き込むのをやめて欲しいと思う。
 そもそも、名前とジャミルは単なるクラスメイトで、授業でペアを組む約束をしているわけでもなければ、特別仲が良いというわけでもないのだ。確かに一年の時からずっと同じクラスでお互い存在は認識しているが、それだけだった筈だ。それが此処のところ、アズールの誘いを断る為なのか、授業中ずっと彼とペアを組んでいる。しかも大概急に言われるので、ほとんど無茶振りだ。しかし名前がそんな彼の無茶振りを断らないのは、何だかんだでジャミルが優秀であることと、ペアを作る手間が省けるからという理由だった。
 アズールには悪いが、ジャミルのおかげで「はい二人組作って〜w」の呪いに怯えなくて済む。
 しかしながら、ここ最近は、アズールが居ない授業の時にも「俺と一緒に組んでくれるよな?」とジャミルが言いに来るようになっていた。繰り返すことになるが、名前とジャミルは単なるクラスメイトであり、特別仲が良いというわけでもない。アズールの誘いを断る為でないのなら、些か不気味だ。
「俺、別にバイパーと友達じゃないよな?」
 うっかりそう口走ってしまっても、ジャミルは不思議そうに――なんなら微笑すら浮かべている――するだけだった。

 図書室で仲良く研究課題に取り組んでいるところだったが、此方を見返してくるジャミルを見ながら、名前は少しばかり後悔した。壁際に座ってしまっているので、いざとなっても上手く動けない。逃げ道を確保しておくのは重要だというのに。まさかジャミルはそんな事まで考えて俺を壁際の席に促したんだろうか。
 怒り出しても面倒だなと思ったのだが、名前の予想に反し、ジャミルは「ひどい奴だな」と笑うだけだった。
「俺のおかげで評価だって上がってるっていうのに、まったく大した奴だよ」
「そりゃ、俺としては有り難いけどさあ……」
「それならいいじゃないか」
「わざわざ俺のところまで来なくても良くねと思うけど」
 今日だって別に、同じ寮の奴と組めば良かったじゃん。
 名前はこの日、普段とは逆に教室の前の方の席を陣取っていた。誰もが避けて通る場所だ。普段の名前は、寮の友達と共に端の方の日の当たらない席に座っている。教室に入った段階で、ジャミルがスカラビア寮の生徒達と共に居たのを確認していた。それなのに、いつの間にか名前はジャミルと組むことになっていた。
 ジャミルは確かに、以前から誰に対しても親切で、頼めば手を貸してくれたりはしたが、ここまで――ここまでぐいぐい来るタイプではなかった。年が明けてからというもの、異様に距離を詰められている。それが非常に迷惑というわけではないが、真意が見えなくて気味が悪い。
 名前の言葉に対し、ジャミルはにこりと笑った。熱砂風のメイクのせいか、小さな蛇が二匹、鎌首をもたげているように見える。「友達になりたいと思うのに理由は要らないだろ?」

「……コワー」名前は思わず呟いた。
 ジャミルは小突く真似をしたが、品行方正なロイヤルソードの学生ならまだ兎も角、ナイトレイブンカレッジの生徒にそんな事を言われても信用できない。信用できないというか、信用してはいけないという方がより正確だ。そして名前でなくとも、皆も同じように考えるだろう。しいて言うなら、ジャミルと同じスカラビア寮のカリムであれば、そういう事を言うかもしれなかった。
「本当に大した奴だよ、名前は」
「……褒められてる?」
「そう思うなら、エレメンタリースクールからやり直した方が良いんじゃないか?」
「きっつぅ……」
 元々人付き合いが不得意な名前には、ジャミルの口から放たれる皮肉は鋭利なナイフほどに突き刺さる。もう少しこう、手加減というか。やれやれといった調子で肩を竦めているのも腹が立つ。
「まあ、理由が欲しいっていうなら教えてやっても構わないさ」ジャミルが言った。「名前は、イデア先輩と仲が良いだろう?」
「名前と仲良くしておけば、困った時に先輩に助けてもらえるかもしれないだろ。いくら俺だって不得意なことはあるからな。それに、寮長はある程度指名で選ばれるんだから、君が来年イグニハイド寮長になる可能性だってある。それなら仲良くしておいて損はないだろ?」
 な? と同意を求めるジャミルに、ひとまず頷いておく。
 確かに、名前はイデア・シュラウドとは仲が良かった。ゲームや映画など、彼とは好きな傾向が似ているのだ。勉強を見てもらえるくらいには可愛がられている、そう言っても差し支えはないだろう。
 しかしながら、必ずそうなるとは限らないものに対して手を打っておくというのは、果たしてちゃんと熟慮の精神に則ったものなのだろうか。確かに前寮長からの指名で寮長になる事は実際あるようだが、名前が選ばれる確証は無いに等しい。成績だって平均だし、素行だって良いとは言えない。可能性としてはゼロよりは少し多い、そのくらいだろう。ジャミルがイデアに対し、何かしら働きかけているなら別だが。

 結局、名前はそれ以上の追及をやめた。明確な理由を答える気が無いのは解ったし、ジャミルが授業でペアを組んでくれたり、こうして一緒に研究課題に取り組んでくれたり、解らない箇所を教えてくれたりすることに不都合は無いからだ。俺は大企業の跡取り息子だとか、一国の王子だとかいうわけではないので、万が一ジャミルが何かしらの思惑があって友達になりたいと言っているのだとしても、早々妙なことにはならないに違いなかった。ホリデーが明けてから、「俺達は前々から大親友でしたが?」ムーブされるのが気持ち悪いだけだ。
 ただより安いものはないとは言うが、確かにジャミルの言う通り、友達になりたいと思うのに理由は要らない。
「バイパーって一年の時も授業で解んないところとか教えてくれたりして勉強できる奴だったけどさ、あんだけカリムに毎日振り回されてるのに相変わらず完璧なんだもんな。友達になれて良かったよ、ほんと」
「……君、本当に大した奴だな」
 名前は考えた末、「……褒められてないよな?」と尋ねると、ジャミルは「君がそう思うならそうなんじゃないか」と笑みを浮かべた。馬鹿にされているのだろうが、今のように穏やかに笑われると、彼が本当に名前と友達になりたかっただけなのではないかと思えてしまう。どうやらまだ暫くは、授業で彼とペアを組むことになりそうだ。

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