名前がキングと出会ったのは、今から一年ほど前のことだった。そして現在二人が住んでいるマンションで顔を合わせたわけでも、互いによく足を運ぶアニメイトで一緒になったわけでもない。何の因果か引き籠りの筈の二人は、真昼間の街中で出会ったのだ。
 当時の名前は、それ以前に住んでいたアパートを怪人に破壊され、住み込みのアルバイトやネカフェなどを行き来しながら、住居を転々としていた。別に、住む所がなくとも小型ゲーム機さえあればそれで良かったのだ。せいぜいテレビが無いのが辛いくらいだった。名前はゲーマーである。もっともマンションで暮らしている今だって、ゲームができればそれで良いという考え自体はさほど変わりがないのだが。
 その日も、仮住まいのバイト先に帰るところだった。牧物の新作の発売日だったので、珍しく外に出ていたのだ。ぶらぶらと歩きながら、突然後方から聞こえてきたドッドッドッドッドッという音につられ、名前は振り返った。
 巨大な怪物と、一人の男が対峙していた。それがキングだった。

 何となくその様子を見守っていると、男はやがて失禁した。じわじわと、彼の股間に染みが広がっていく。そして――。
「あれ……気絶した?」
 金髪の男は突然糸が切れたようにばたりと倒れ、それから先はぴくりとも動かなかった。がたいは良いのに、随分と小心者なんだなあと、名前は倒れた男とその先に立つ恐竜の化け物みたいなのを眺めていた。別に知り合いでもなし、そのまま家に帰れば良かったのだが、どうにも放っておけなかった。理由は解らない。
 何やかんやで名前は怪人を撃退し、野次馬が寄ってくる前に男を背負ってその場から退散した。気は咎めたが男の持ち物を漁ってみれば、存外住所が近かったのだ。バイト先に連れ込むわけにもいかず、かといって土地勘の無い場所で公園や交番の在処なども解らない。名前は男を担いだまま、彼の住居へと向かった。
 辿り着いたのは、なかなかに住み心地の良さそうなマンションだった。男の部屋に着いた時にも、彼は目を覚ましていなかった。仕方なく再び男の持ち物を探り、鍵を見つけ出す。ベッドにでも寝かせておけばよかろう、と、名前は軽く考えていたのだが、問題が生じた。
 漏らしたまま寝かせるのもなあ。
 臭いとか色々付きそうじゃね。男を背負ったまま思案していると、上手い具合に男が目を覚ましたらしい。小さな呻き声がすぐ背後から聞こえてくる。
「あれ、俺の家?」
「目え覚めました?」
 名前が問い掛ければ、男は事態を察したらしかった。わああああと悲鳴を上げ、名前から離れる。再び、あのドッドッドッドッドッという音が聞こえ始めた。何だこいつ。
 名前は男が道端で倒れていたことと、仕方なく住所を調べたところ、現場から近かったのでそのまま連れて来たのだということを告げた。未だ男は混乱しているらしく、面倒になった名前は「じゃ」と言うだけでその場から去った。

 名前の頭の中に残っていたのは、あのマンションの住み心地は良さそうだなということだった。大音量でゲームをしていても怒られなさそうだ。名前が男と再会したのはそれから僅か三日後のことだった。
 まあ、まさか隣の部屋になるとは思わなかった。
 後にそのことを告げた時、キングは「空いてるの俺の隣だけだから」と眉を下げた。


「そういえば名前氏、あの時ってどうだったの?」
「どの時?」
「初めて会った時。俺、倒れてたんだよね? 近くに怪人が居たと思うんだけど。ティラノサウルスみたいな。知らない?」
「ああ……通りすがりのヒーローが倒して行ったよ」
「マジか」
 結果的に、キングを見捨てなくて正解だった。格ゲーは一人より二人の方がずっと楽しい。

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