辻田さんの厄日

 たまたま前を歩いていた同胞がかなりしんどそうだった為、居ても立ってもいられずに声を掛けた――名前としてはただそれだけだったのだが、彼の人は名前の顔を見るなり、かなり嫌そうな顔をした。
 これほど嫌そうな顔をするということは、実は前に会ったことがあっただろうか、確かにどこかで見たことがある顔のような気はするが、と名前は一瞬考えたが、やがて一つの正解に辿り着いた。「――ああ、君、露出魔の」
「違う! 殺すぞ!」
 吸血鬼の男はそう怒鳴ったが、名前は少しも気にしなかった。

 吸血鬼研究センターで、以前名前はこの男と顔を合わせていた。名前がたまたま収容されていた時にこの男が来て、逃げ出したいと言ったからゼンラニウム達と共に手伝ってやったのだ。もっとも手伝ったとは名ばかりで、名前は殆ど後ろで応援していただけだし、最終的にこの男はキャプちゃんとVRCを出て行った。
「随分と顔色が悪いなあ。大丈夫?」
「うるさい! 俺に同情するな! あっちへ行け!」
「本当に具合が悪そうだよ。えーと……露――」
「辻田ァ!」
「辻田くん」
 名前が「うちに寄って行きなよ」と言ってへらりと笑えば、露出魔――もとい辻田は、かなり怪訝な面持ちで名前を見返した。


 名前の借りているアパートは、そこからすぐ近くにあった。辻田は本当に体調が芳しくないようで、足取りも重かったし、表情も暗かった。それでもちゃんと着いて来たので、内心で名前はホッとする。殆ど赤の他人とはいえ、高等吸血鬼の同胞が、しかも顔見知りの相手が行き倒れてしまったとなっては、あまり気分が良いものではないからだ。
 買ってあった血液パックを渡せば、辻田は椅子に座るのも惜しいといった様子ですぐさま飲み始めた。溢れた血液が、口の端から漏れ出ている。おなかが空いてたの?と名前が尋ねても、辻田は返事をしなかった。

 名前がソファに腰掛け、テレビを付けた時、辻田も食事を終えたようだった。もっとも人工血液だし、量もそう多くないので、辻田のような大柄な男には物足りないだろう。
「辻田くんはご飯食べれる方?」
「何?」
「全然食べれない人もたまに居るじゃんか。ご飯食べてくでしょ?」
「要らん。帰る」
「えっ、そんなに顔色悪いのに?」
 吸血鬼は元々色白の者が多いが、辻田は殊更青白かった。血の気は失せ、土気色をしている。吸血鬼らしいといえばらしいのだが、あまり良い健康状態ではないのは間違いない。
 家の敷居を跨がせたことが関係しているのか、今では名前の中で庇護欲がもりもりと沸き上がっていた。少なくとも土気色から灰色くらいには戻してやらなければ。辻田は名前よりは若そうだったが歴とした大人で、面倒を見てやらなければならない筈なのだが、如何せん妙な使命感が生まれてしまった。血をがぶ飲みする様子が、昔飼っていたペットのスズメを思い出したからかもしれない。
 あの子も水飲むの下手だったなあと考えながら、名前は辻田との適切な距離を測っていた。
「もうすぐ日も昇るでしょ、泊まっていけばいいじゃん」
「泊まらん。いらん。帰る」
「一緒にY談した仲じゃんか〜」
「してないが!? いや……してたらどうだっていうんだ殺すぞ!」
「辻田くん物騒だね」名前は笑いながら、目の前の長身を見上げた。「別に本当に泊まっていくくらいいいんだよ、来客用の棺もあるし。同じ同胞じゃん」


 まあ露出しに行くのなら止めはしないけど、と名前が言えば、辻田は「本当に殺すぞ!?」とがなり立てた。やや顔が赤い。
「じゃあ何しに行くの? 巨乳のお姉さんに甘えに行くの?」
「ハァ!?」
 名前はソファの隣をぽんぽんと叩いた。「おいでよ。膝枕くらいならしていくらでもあげるからさ、貧乳でもよければだけど」

 辻田は何かを言おうとして、それからハッとなった。「貴様ァァアアア!」
 言葉とは裏腹に、じりじりと近付いてくる辻田。彼が抵抗しているのだろう、すんなりとは前に進まない。しかしゆっくりと、確実に名前に近付いている。――名前は吸血鬼として並以下だったが、簡単な催眠なら使えるのだ。
「うーん、私の催眠ってクソ雑魚だから、やろうと思えば自分で解ける筈なんだけどな……」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
「辻田くん、体は正直ってことだよ。ほーらおいでおいで〜」
「妙な言い回しをす――ク、クソーッ!」
 辻田は名前の隣で横になると、怒り心頭といった様子だったがそのまま名前の膝に頭を預けたし、何度かその頭を撫でてやれば、数秒も経たないうちに寝てしまった。電源が切れたかのような凄まじい寝落ちっぷりに、逆に名前の方が驚いてしまう。どうやら本当に体の方が限界だったらしい。日が沈んだらお風呂にでも入れてやろうかなと、そんな事を考えつつ再び辻田の頭を撫でた。

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