ホラー・ホスピタルの営業終了後、珍しく名前が話し掛けてきた。仕事中の連絡や、手の空いた時の雑談なら普段からしているが、こうして業務が終わった後に話し掛けてくるのは珍しい。しかも、いやにしおらしくしているので、下半身透明は顔布の下で眉を顰める。賃上げ要求だろうか。
 お願いしたいことがあって、と名前は切り出した。「テレビを貸して欲しいんですけど……」


 テレビ?と繰り返した下半身に、名前は説明した。観たいホラー映画があり、それが廃墟となった病院が舞台だということ。本物の廃病院で見れば臨場感が増すだろうと考えたこと。テレビのある部屋さえ貸して貰えれば、あとは極力静かにしているということ。
 確かに以前、小さめではあるがテレビは購入している。生活スペースにあるが、別に名前に入られたところで何も問題はない。彼女は大声で騒ぐような人間ではないし、一人で勝手に映画を観る分には構わないだろう。下半身は許可したし、名前は喜んでいた。
「あ、透明さん達も一緒に観ますか?」
 彼女が挙げたタイトルは、下半身透明でも題名だけは知っている、そこそこ有名なホラー映画のものだった。お化け屋敷の参考になるかもしれない、そんな事を思って下半身は頷いたし、後で死ぬほど後悔する羽目になった。

 名前の借りてきた映画は、ストーリー自体は単純なものだった。心霊スポットとして知られている廃病院に学生達が肝試しにやって来て、順番に呪い殺されていくという、ごくありきたりなものだ。しかし随所に光る演出や、役者達の迫真の演技、スプラッタな映像、流石にこんな目に遭わなくてもよくない!?と思ってしまうほどの理不尽な死に方等々が合わさり、正直言ってめちゃくちゃ怖い。話題になっていたのも頷ける。あっちゃんが居なくて良かった本当に(あっちゃんはパッケージだけちらりと見たものの、怖がって逃げていってしまった)。
 下半身透明は別段ホラーが嫌いなわけではないし、むしろお化け屋敷を経営しているくらいには好きだったが、だからといってホラーが得意なわけではなかった。怖がりなのだ。
 ホラー映画を怖がりながら観る、それはホラー映画鑑賞の醍醐味だし、楽しいものだが、程度があると思う。「折角のホラーなんだから電気消して観ようよ(笑) 部屋の中なんだから名字も平気でしょ(笑)」などと、死んでも口を滑らせるべきではなかったのだ。ホラー映画は照明をガンガンに点けた明るい部屋で観るべきだ。テレビを観る時は部屋を明るくしろ、と再三言われているではないか。一時間前の自分を殴りたい。

 ちら、と下半身透明は隣に座る名前に目をやった。真剣な眼差しでテレビ画面を見詰めている。下半身は度々悲鳴や映像にビクッとなっていたが、名前は身じろぎ一つしていなかった。彼女の真剣な横顔も、怖がって見詰めることしかできなくなっているというより、興味深そうに眺めているという様子だ。ホラーが好きだから心霊スポットでのバイトに応募した、と彼女が言った時は、頭がおかしいのではないかと思ったが、本当にホラーが好きらしい。
 映画に向き直る。取り残された男女がデスクの下に潜り込み、息を殺しているところだった。多分、二人の内のどちらかはこの後死ぬのだろう。もしくは両方か。
 一人だったら絶対観ない映画だったなと、そう思う。道理でこの映画が話題になっていた時、客足が遠のいていた筈だ。廃墟の病院怖すぎる。
 そしてその瞬間男の居た側が押し潰れ、下半身透明は盛大に体を揺らした。何なら、本当に椅子から飛び跳ねた気さえする。「怖いですか?」

 突然隣から聞こえてきた声に、口からは甲高い悲鳴が搾り出されたが、名前は少しも気にした様子がなかった。横目で少し見ただけだ。「急に話し掛けるなよ!」とがなれば、名前は「すみません」と素直に口にした。
「骨折の音とかってセロリで出してるらしいですよ」
「何の話!?」
「白黒の時代はチョコレートで血糊作ってたらしいです」
「だから何の話!?」
「怖くない話してたら、透明さんも大丈夫かなって思って」
 名前を見れば、既に画面に向き直っていた。彼女の瞳にテレビの青白い光が反射している。「……いい、そんな気回さなくても」
「好きなんでしょ、黙って観てなよ」
「はあ……」
 観るのやめます?と囁く名前に、下半身透明は首を横に振った。夜目が利く下半身からは、彼女が苦笑したのが見て取れる。
「それじゃあ、手でも繋いどきます?」
「あ!?」
 歳上を馬鹿にしやがって、ちょっとは畏怖ればどうだ、というか一切怖がらないのもそれはそれで映画の製作者に失礼じゃないのか――等々考えたものの、下半身透明はそれから小一時間ほど名前に手を繋いでいてもらったし、何なら最終的にはしがみついていた。映画を見終わってからも、名前は下半身が落ち着くまで病院に居てくれたし、その後全力で引き留めたにも関わらず、さっさと帰っていった。下半身透明は半泣きで兄を呼び付けるに至り、野球拳大好きはそんな末弟を見てかなり動揺していたようだった。

 それから、二人は度々一緒に映画を観るようになった。大概はホラー映画だったが、時折はあっちゃんも一緒にコメディ映画を観たりもした。名前は何を見てもけろっとしていて、近頃では下半身の方から映画を借りてきたから一緒に観ようと誘うようになっていた。一度くらい、名前が本気で怖がる姿を見てみたかったのだ。ちなみに、どれだけゴア描写のある映画だろうと名前は平然としていたし、下半身が参ってしまう方が多かった。
 雇い主とバイトという立場は変わらなかったが、二人は確かに友達になったのだ。

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