グールメイカーとヌーチューバー

※嘔吐表現

 吸血鬼のおうちに来たの初めてだなあと名前が言うと、エルダーも「私も屋敷に人間を招き入れたの初めてだな〜」と笑った。ジョークなのかどうか、いまいち判断が付きづらい。名前が吸血鬼についてよく知らないからというのもあるし、エルダーの表情があまり変わらないせいもある。

 名前とエルダーはヌーチューバー仲間だった。名前は主にゲーム実況を行っている実況者で、エルダーは退治され系ヌーチューバーだ。ジャンルは違うが、近い時期にヌーチューブデビューしたことや、名前が時たま実写シリーズとして上げている実況(街で出会った吸血鬼シリーズ)に偶然エルダーが出演したことから交流が始まった。普段はオンライン通話が主だが、今ではこうして実際に会うまでの仲になった。
 この日は、エルダーの退治されてみたシリーズの番外編のコラボ実況を撮るべく、彼の元を訪れたのだった。撮影は無事に終わり、今はエルダーの屋敷に戻ってきていた。
「これだけ広いと、家で撮るのも気を遣わなくていいですよね。防音要らずじゃないですか」
「何なら名前もうちに住むか? 部屋は沢山あるぞ」
「今なら良いかもですけど、再生数伸びなくなったら家賃払えなくなってまずいんでやめときまーす」
「そういう意味じゃなかったんだがな」
 まあいいや、とエルダーは頷いている。ノリで言っただけらしい。


 子供の頃から吸血鬼のホットスポットである新横浜で暮らしてきた名前としては、吸血鬼はごく当たり前の存在だったし、高等吸血鬼に会ったことも何度もある。そして、恐らくエルダーはその中でもかなり高位(という言い方が正しいかは知らない)の吸血鬼なのだろう。
 本来なら、もっと恐れ敬って然るべきなのではないか。はっきりと年齢を聞いたわけではないが、恐らく生きてきた年数も、名前よりもずっと多い筈だ。
 しかしエルダー本人はごく気さくな吸血鬼で、作業通話にも付き合ってくれるし、名前の動画にもよくコメントをくれるしで、今では一番仲の良い友達かもしれなかった。

 吸血鬼は日に当たれない性質からだろうか青白く、土気色をしている者が大半なのだが、エルダーの場合は土気色というか土色をしていた。初期の動画の説明によると、動画に映っているのはエルダー本人ではなくグールらしい。土などから精製されている、使い魔のようなものなのだそうだ。色々便利だぞ、と名前に言ったのはエルダー本人だ(今度名前にも作ってやろうなという申し出には丁重にお断りをした)。
 動画に出ているエルダーは大抵サングラスを掛けているし、そもそも顔をまじまじ見ようと思ったことはなかったので、こうして明らかに人間ではないものを見ると、何となく緊張してしまう。
 不意にエルダーが顔を上げ、何やらあらぬ方向をじいと見詰め始めたので、名前は首を傾げた。彼の視線の先を追うと、廊下へ続く扉がある。「やんちゃ坊主め……」
 ぽつりと呟いた後、エルダーは名前の方を向いた。
「孫が訪ねてきたようだ」
「あ、お孫さん……」孫が居る歳なのか……と一瞬思った後、「あれだったら私帰りますよ」と付け足した。
「いや、良い、居てくれ。次は名前のコラボ動画を撮る約束だったしな。反故にするのは、それこそマナー違反というものだ」
「はあ……」
 確かに、エルダーの動画を撮った後は、名前のチャンネル用にコラボ実況動画を撮る予定だった。エルダーが言うのであれば問題ないのだろうが、何となく気まずいような気がする。「おじいさんのヌーチューブ仲間です!」等と、そんな風に自己紹介して良いものなのだろうか。それに加え、エルダーの家族はもちろん吸血鬼だろうし、人間の、しかも若い女と親しげにしているのは、吸血鬼界隈ではどのように見られるのだろう。まだ見ぬエルダーの孫を想像しつつ、名前はそんな事を悩んでいたのだが、ふと頭上に影が差し、顔を上げる。
 すぐ傍にエルダーが立っていた。「ただ、すこーし具合が悪いな」

 エルダーがそう呟いた瞬間、エルダーだったものがぐわっと口を開けた。エルダーの胸部が観音開きになり、中から伸びてきた手に腕を掴まれる。そして――名前の視界は一瞬で真っ黒に染まった。


 ぐっ、と名前は呻いたが、「シー」と聞き慣れない声に促され、口を噤む。もっともグールの“中”に居る状態で、まともに口は利けなかったかもしれないが。名前が喋らないようにだろうか、より中へと押し込まれる。どこか遠くから若い青年の声が聞こえてきた。「アポイント無しにじいちゃんちに遊びに来てやる〜!」
 次に聞こえてきた声はエルダーのものだったが、体内に直接響いてくるような、不思議な感覚だった。
「よく来たなマナ。けど、ちょっと都合が悪いな」
「うん? 何かしてたの?」
「撮影した動画を編集しようと思っていたところなんだ」
「ふーん……?」
「ほら小遣いをやろうな。ちゃんと立つやつだぞ。暫くフィアスコと遊んでなさい。じいちゃんも後で行くから」
「……俺、じいちゃんにたかりに来たんじゃないんだけど……」
 やがて青年――おそらくエルダーの孫のものだろう若い男の声が聞こえなくなり、遠くでドアが閉まる音がした。にわかに視界が開け、眩しいほどの明るさと、新鮮な空気が流れ込んできた。解放され、ふらっとたたらを踏みそうになる名前を、エルダーが――正確に描写するならば、エルダーの中に居た男性が支えた。
「いやーすまんすまん、別に見られても問題は無いんだが――私がヌーチューバーやってることも、あの子は知ってるし――何百歳も歳下の友達とはしゃいでるところを見られるのは、流石にまだ踏ん切りがつかなくてな。……名前?」
 名前が何も言わなかったからか、見知らぬ男性は「ああ」と一人で納得したようだった。「此方の姿では初めましてか。私がエルダーだ。グールメイカーと呼ぶ者も居るな」
 エルダーはそう言って胸を張った。名前がエルダーだと認識していたグールのエルダーは今、上半身が真っ二つになって左右に別れている。

 結局、名前のチャンネル用の動画撮影は次回に延期となった。名前の吐き気が止まらなくなってしまったからだ。もっとも超絶グロテスクな体験をしたからではなく、どうやら短時間でもグールの中に納まったことで、吸血鬼の魔力のようなものが人間の名前に悪い方面で作用してしまったかららしい。
 もちろん、吸血鬼マナー違反が再びエルダーの元を訪れ(「じいちゃんの動画編集を邪魔してやる〜!」)、若い女のゲロを受け止めている祖父を見て盛大にショックを受けていたことも、延期の理由に挙げられるかもしれない。カメラを回しておけば良かったと吐きながら呻く名前、そしてそんな名前に大笑いする生身のエルダーに、マナー違反はかなり動揺していたようだった。

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