残機7

 野球拳大好きは野球拳という文化が大好きだ。自身が身に付けた能力が『強制的に野球拳をさせる催眠術』だった為、好きにならざるを得なかったという理由もあるが、じゃんけんというまったくの運任せで勝敗を決めるのも楽しいし、強制的に脱衣させられて悔しがっている人間を見るのは心底楽しい。恥ずかしがる女の子を見るのが己の性癖に響くというのもある。しかし、吸血鬼野球拳大好きでなく吸血鬼野球拳をするおじさんとか名乗ってもいいわけで――とどのつまり、野球拳は野球拳が好きだったし、自分の能力についてもそこそこ気に入っているのだ。
 野球拳が出したのはパー、そして名前が出したのはグーだった。名前はかなり嫌そうな顔をしている。

 辻野球拳に選んだ相手が、たまたま退治人の名前だった。非番なのか普段の退治人の格好ではなかった為にそうなってしまったのだが、野球拳結界の中、問答無用で殴ろうとしてくる名前に必死に頼み込んで野球拳を続けさせてもらっている。――あんたが野球拳に付き合ってくれるなら俺は今日他の奴に野球拳を仕掛けない、そう言うと、彼女は渋々了承してくれたのだ。チョロい。
 野球拳大好きとしては、名前と別れてから辻野球拳を再開すればいいと思っていた。もっとも、彼女が野球拳に応じてくれた心意気を買い、本当に(今晩は)名前だけにしても良いとも思っている。退治人の女連中には負け続きなこともあるし、名前のことも一度脱がせてみたいと思っていたのだ。
 そんな邪な考えをしているとも露知らず、名前は自身が着ていた服に手を掛けた。
「ッ――キャーーーーー!」
「うるさいな……」
「おおおおお前! 普通もっとあるだろ! 靴とか! 髪紐とか!」
「靴も髪紐も服じゃないでしょ」
「着衣には入りますゥ〜!」
 名前がじゃんけんに負けた、なので彼女が脱衣するのは正しい。正しいのだが、初手でシャツから脱ぐ奴が居るのだろうか。
 野球拳大好きは今までに数え切れないほど野球拳をしてきたし、大概の人間は――女なら尚更だ――まず服以外の物から脱ぐのだ。少しでも服を脱がないようにする為、髪紐が着衣に入るかだとか、靴下の右と左で一枚ずつということにしていいかだとか、そういう交渉が行われるのも野球拳の醍醐味の一つなのだ。
 それを、名前は真っ先に自身が着ていた衣類に手を掛けた。「しかもお前今二枚脱いだ!?」

 野球拳大好きは名前が脱衣するのを嬉々として観察していたわけだが、だからこそ見逃さなかった。名前は上に着ていたサテンのシャツと同時に、中に着ていたTシャツも同時に脱いでいた。その為、今の名前の上半身は肌着と下着を残すのみとなっている。キャミソールの裾から見えているのはブラ紐か?
「野球拳で何から脱ぐかは本人に委ねられるって言ってなかった?」
「同時に脱ぐのは反則だろ!? お前に恥じらいってもんはねえのかよ!」
「あるわ」名前は眉を顰め、面倒臭そうにそう言っていたが、その顔に照れは一切滲んでいなかった。「だからさっさと終わらせようとしてるんでしょ」

 野球拳大好きは唖然とした。野球拳をさっさと終わらせたいから二枚脱いだ? どういう事?
 ――確かに、野球拳は対戦者が着ている衣類をどちらかが全て脱いでしまえば、そこでゲーム終了となる。早々に終わらせたければ、脱衣する時に一度に脱いでしまえばいいというのは道理だった。今は辺りに人が居なかったが、いつ通行人が来るとも限らないし、新横浜の住民はお祭り事が大好きなので一人通り掛れば一瞬でギャラリーが出来上がるかもしれない。その為早く終わらせたいという気持ちは解らないではない。解らないではなかったが、そういうんじゃないじゃん!?という気持ちが頭を過ぎる。
 例のシスター服のボインちゃんもやけに男らしいが、この子もだいぶ人として軸がブレている気がする。
「いや……いやいやいや、それにしてももっとあるだろ、恥ずかしがるとかさあ!」
「それは貴方の性癖でしょうが」
「それはありますけどもォ!」
「あるんじゃん」
 下着姿になる一歩手前の女が焦っている顔は、確かに野球拳が好んでいるものだ。何で知ってるんだ。

 次を促してくる名前に、野球拳は「いいか、先に服だけ脱いでもブーツも腕時計も着衣に入れるかんな!」と念を押した。「裸に靴とかだけ履いた状態で野球拳続けさせるかんな!」
「わかったわかった」
「あとちょっとは恥ずかしがりなさいよ! 女の子でしょ!」
「何その喋り方」
「うるせえ! アウト、セーフ、よよいの――」
 野球拳大好きがチョキを出し、名前はパーを出した。名前の負けだ。


 流石に全裸+小物類な状態になるのは嫌だったのか、名前は履いていたブーツを脱ぎ始めた。野球拳大好きはうんうんと頷きつつ、その様子を見守る。今は平気だったかもしれないが、肌色面積がもう少し増えれば彼女だって怖気付くかもしれない。
「そ……」名前が言った。
「あん?」
「そんなに見ないでよ、はずかしいから……」
「は」
 もう少し恥ずかしがってくれ。野球拳がそう言ったのを、彼女は馬鹿正直に実行してくれただけなのかもしれなかった。下着寸前で平然としていた女が、まさか靴を脱いだだけで恥ずかしがる筈がない。それでも――ふい、と視線を逸らされた彼女の頬は微かに赤く、野球拳に戦慄が走り、新横浜には星が流れ、名前は何の反応もしなくなった野球拳大好きを置いて一人帰っていった。

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