大事な話があるから聞いて欲しい、野球拳はそう言ってマイクロビキニと下半身透明、それからあっちゃんを集めたが、いざ話そうとすると言葉がつっかえた。「えー……突然ですが、俺達に妹が増えました」
 そう名前の事を説明すると、ビキニと下半身は暫く怪訝な顔をしていた。やがてどちらともなく「姉ではなく?」と問い返され、野球拳大好きは死ぬほど恥ずかしい思いをした。


 挨拶とか行った方がいいの、と尋ねる名前に、野球拳は首を振った。
「ミカ達には俺から言っといたし、暫くはいいだろ。あいつら俺のこと死ぬほどからかってくるんだよ」
「そう?」
 ほんとに仲が良いねと笑う名前。肌は前よりも白くなったし、口の端から覗くキバは以前よりも鋭さを失ったが、野球拳が知る名前そのものだった。
 野球拳大好きが名前に噛み付き、無理矢理吸血鬼化を行ってから、既に幾日かが経過していた。その短期間で、彼女は持っていた対吸血鬼用の銀製の弾丸で火傷してしまったり、うっかり朝日を浴びてしまいそうになったりしていたが、名前は少しも気にしていないようだった。むしろ、野球拳の方が勝手に慌てている。俺が何とかしてやらないと――そう思った。料理も仕込んでやらないといけないし、金輪際誰かの盾になったりするなと言い聞かせなければならない。やる事は山積みだ。
 彼女が言うには、どうもダンピールだった頃との違いはあまり感じられないらしい。役所の手続きとか面倒臭そうだけど、と名前は言った。
「俺の方も、その……」
「何?」
「挨拶、とか……親御さんに……」
「あー……」
 名前は少しばかり気まずそうだった。「暫く良いんじゃない? 私も親に言ってないし」
 珍しく歯切れの悪い言い方に可愛いなと思った瞬間、彼女が「まだ吸血鬼になった事」と付け足したので、野球拳は「ハァ!?」と盛大に叫んでしまった。
「い、言ってねえの!?」
「だって怒られそうじゃん、吸血鬼になったのか俺以外の奴の血で、みたいな」
「お前! お前……!」
「――ねえ、もうそろそろいいんじゃない?」
 名前に言われ、野球拳大好きは翳していた掌をグラスの上から退けた。その中には並々と野球拳の血が注がれている。同族を迎える時、その吸血鬼が最初に飲むのは吸血鬼化させた吸血鬼のものと決まっている。ビキニや下半身は同じ血を分けた兄弟だったし、野球拳大好きは自分で一族を増やしたことはなかったが、それでも記憶として知っていた。
 もちろん、元々ダンピールだった名前は野球拳が血を分け与えた時に既に吸血鬼となっていたし、この儀式も今や形だけのもので何の意味も為さない。しかしながら、それでもやりたいと名前が言ったのだ。貴方の世界を知りたいから、と。

「……なあ、今ならまだ、ヨモツザカに言えば……」
「吸血鬼治療薬はダンピールには使えないし、それにこうしないと、ずっと一緒に居られないでしょ」
 口を閉ざした野球拳に、「めちゃくちゃ照れるじゃん……」と小さく呟く名前。
 名前は暫く野球拳大好きの血の入ったグラスを揺らしていたが、やがて静かに飲み始めた。こくこくと、部屋の中に名前が血を飲み下す音が響く。やがて全てを飲み干した名前は、口周りを舌でぺろりと舐め取った。その毒々しいまでに赤い舌に、興奮しなかったと言えば嘘になる。「生ぬるいし味がくどい」
「……あっそう」
「ねえ、野球拳はさ――」
「ケン」
「うん?」
「俺の名前。野球拳じゃなくて」
 野球拳大好きはそう口にすると、名前はまっすぐと野球拳を見詰め返した。ぱちぱちと、目を瞬かせている。「それは……知ってるけど……」
「いや知ってんの!?」
「前にトオルくんに教えてもらったから……」
「あいつマジやって良いことと悪いことがあんだろ! 個人情報だぞ!」
「ごめんごめん。でも、名前で呼んで欲しがってるなんて思わなかったな」
 別にそういうんじゃねえよ、と口篭る野球拳に、名前は「ケンくんて案外可愛いところがあるんだね」と笑う。俺をからかって楽しいのかと問えば、それなりにと返ってくるので堪らない。

 ――取り返しのつかないことをしてしまって悪かったと、そう野球拳大好きが謝った時、名前も最初は戸惑っている様子だった。しかしながら、彼女が口にしたのは嫌悪を表す言葉でも、拒絶の言葉ではなかった。名前は「強制的に野球拳させる能力に目覚めたらどうしよう」と神妙な様子で言ってみせ、それからおかしそうに笑っていた。そんな名前に一生勝てないと思ったし、だからこそ、野球拳は彼女を好きだと思ったのだ。
「覚えとけよ名前、吸血鬼の所有欲半端ねえからな。お前が泣いて叫んでも絶対手放してやらねえぞ」
「言っとくけど、それは私も同じだからね。捨てようとしたら隊長に言ってVRCにぶち込んでもらうから」
「それは脅しだろ……」

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