弟妹達と、月明かりに照らされた新横浜の街を歩く。新しく出来たカラオケルームに、皆で行ってみようという話になったのだ。マイクロビキニは誘えば――応じるまでに多少の紆余曲折があるが――乗ってくるし、あっちゃんの外出も問題なかった。不思議なことに、あっちゃんは地縛霊だった筈だが、結構な頻度で散歩に出ている。野球拳大好きとしては、新しくできた可愛い妹分を目一杯可愛がってやりたいので、その方が色々と都合が良かったが。
「あれ、名前だ」下半身が言った。

 下半身透明が言った通り、反対側から歩いてきたのは名前だった。下半身が手を振ると、名前も此方に気が付いたようで、小さく手を上げてみせる。
「何やってんの?」
「仕事だよ」名前が嫌そうに言った。「デカイ蚊が大量発生してさ。大体は駆除したんだけど、残ってるのがいないか見回ってるの」
「ふーん大変そうだねえ〜! あっ、俺達カラオケ行くんだけど名前も一緒に行く?」
「貴様が跪いて願いを請うなら、特別にタンバリンを叩かせてやらんこともない」
「人の話聞いてた?」
 めちゃくちゃ嫌そうな顔をする名前。反対に、下半身透明はかなり楽しそうにしていた。笑い方が俺にそっくりだ。意外だったのは彼らの会話にマイクロビキニが加わったことで、人見知りするくせにいつの間に仲良くなったのだろうと些か不思議に思う。普段のビキニなら、名前の前で歌うのを嫌がりそうなものなのだが。
「用が無いなら行った行った、仕事の邪魔だよ。上手く下等吸血鬼を探せないでしょ」
「アッ、吸血鬼差別だ! 吸血鬼権侵害だ!」
「国家権力になど屈さんぞ!」
「そうだそうだ!」
 野球拳大好きが弟達の悪乗りに加わると、名前は殊更面倒臭そうな顔をし、「あっちゃん、こんなお兄ちゃん達に似ちゃ駄目だよ」とあっちゃんに話し掛けた。可愛い妹分は名前の言っていることがよく解らなかったのか、首らしきところをこてんと傾げている。可愛い。
 ピカッ――と、辺り一面に閃光が走ったのはその時だった。


 いい夜だねえと話し掛けてきたのは野球拳大好きもよく知る男で、Y談おじさんは野球拳達全員がY談波を浴びたのを見て、かなり愉快そうにしていた。どうやらまた吸血鬼研究センターから脱走してきたらしい。
 野球拳は咄嗟に隣に居たマイクロビキニの口を塞いだのだが、反対側では名前も同じように下半身透明の口があるだろう場所を押さえていた。ちなみに、弟達はそれぞれあっちゃんの口(?)を塞ぐように手を置いている。
 年長者だからとか、名前をまたもY談おじさんの毒牙に掛けさせるのは忍びないからとか、弟達にあまり関わって欲しくないからとか、理由は様々だったが、野球拳が口を開いたのは自分の性癖は殆どY談おじさんに知られているからだという事が大きかった。「吸対のかっちりした制服を一枚一枚脱がせていくのにエロスを感じる」

 その場に居た全員の視線が自分に集まったのを感じたが、野球拳大好きは一瞬何が起こったのか解らなかった。おっさんまたくだらねえことしてんのかよ、と、自分では言ったつもりだったのだ。それなのに――吸対課が何だって?
 ウン百年生きてきて、自分の性癖は解りきっている筈だった。野球拳で無理矢理自分から脱衣させられて屈辱を味わっている子だとか、大人しそうな子が脱いだら結構過激な下着を着けている時だとか。しかし今、自分の口から飛び出したY談は、自分の性癖のそれではなかった。
 野球拳大好きが自分の言葉を疑ったように、名前も聞き間違えたと思ったらしかった。今や完全にY談おじさんを視界から外し、唖然と野球拳大好きを見上げている。「む、無駄に着込んでる人……?」
「靴下脱ぐ時体幹しっかりしてる子!?」
「自分が負ける筈ないと思ってる野球拳で初手脱がされた時!?」
「ッ……スポブラァ!」
 口を塞がれたままの弟達がそれぞれ目を見交わしていたが、野球拳大好きは少しも気が付かなかった。何が嬉しくて、弟妹達の前で自分でも気付いていなかったような感情を大公開してしまっているのか。
 自分が口走った言葉は、真意こそ伝わらないとはいえ、その言葉自体は皆に聞こえてしまっている。いくら鈍感だったとしても、流石に解ってしまうだろう。その証拠に、名前の顔は今や真っ赤に染まっている。
 そして、それは名前の方も同じだった。野球拳が口走った言葉が全て名前を指しているように、名前が喋ったことも全て、ある特定の個人を指している。――恐らく野球拳大好きの顔も今、名前に負けないほどに赤くなっている筈だ。
「どうせY談に変換されて伝わらないだろうから言うけどな名前、俺はもうどうやったらお前が手に入るのかしか考えてねえんだよ!」
「あ……はい……」
 名前が言った。消え入るような声だった。

 その場が凍り付いても、Y談おじさんだけはゲラゲラと笑い続けている。「キューピッドになるなんて真っ平御免だと思ったが、まさかケンくんのそんな顔が見られるなんてねえ! 今のお気持ちはブェーーーー」
 渾身の力で殴り付けたが、Y談おじさんはそれでも尚笑い続けていた。それでも、名前が対吸血鬼用の拳銃を抜いたのを見ると、流石に即VRC送りにされるのは嫌だったのか、颯爽と逃げていった。名前は未だ羞恥心やら憤りやらで震えていたが、やがて「じゃ、私、Y談おじさん捕まえてこなくちゃいけないから……」と言い残し、走っていってしまった。


 野球拳大好きは暫くその場から動けなかった。弟達が何も言ってこないのも、逆にあっちゃんが不思議そうに話し掛けてくるのも居た堪れない。ごめんな、兄ちゃん別にお腹痛いわけじゃないんだわ。
「――俺よお、ほら、あのすぐ死ぬオッサンが小学生に言い負かされて死んでるの見たことあって、流石にそれはねえだろと思ったんだけど、正直今なら死ねるわ真面目に」
「拳兄砂になってないし大丈夫だよ」
 下半身が言った。「あと名前、俺らから見ても全然脈アリだから大丈夫だと思う」
 そういう事じゃないんだよ!と言いたかったが言えなかったし、本当に死んで灰になったような気がした。もちろん気がしただけだったし、次に名前に会った時にどう接すれば良いのか、真剣に考えざるを得なかった。

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