丑三つ時、気怠げな調子でやってきた名前は、「言っとくけど、吸血鬼でなかろうと通報されて当たり前だからね」と前置きをした上で、野球拳達に解散を言い渡した。殆どの者が口を噤んだのは、彼女が白い制服を纏っているからだろう。彼女の一声で、VRCへの直通ハイウェイが完成されてしまうのだ。「もう少し場所考えてやってくれるかな」
 第四回吸血鬼集会は、市民の通報を受けてやってきた吸血鬼対策課により、中止の危機を迎えた。

 吸血女帝の誘いで、新横浜に在住している吸血鬼達はこうして時折集うようになった。弟達以外の同胞と群れるなど、一昔前は考えもしなかったが、案外楽しいものだ。
 集会に来る顔触れは、その時々によって変化する。すぐ死ぬオッサンが来たこともあったし、一度来ただけの者も居た。今のところ、野球拳大好きは皆勤賞だ(今度は弟達にも声を掛けてみようかと考えている)。吸血女帝の呼び掛けとあらば、応えない方が失礼というものだろう。
 吸血女帝――月光院希美は年若い吸血鬼だったが、野球拳大好きは彼女の事を気に入っていた。吸血鬼としてのカリスマもさることながら、その圧倒的なオーラには同じ吸血鬼としてどこか憧れるものがある。マジ畏怖い、そんな感じだ。最初に女帝のことを耳にした時は、彼女を土壇場で吸血鬼化させたアダムをどうかしていると思ったが、それも過ぎたことだ。
 誰もが押し黙る中、吸血女帝だけが声を上げた。「ごめんなさい、配慮が足りなかったわ」
「いや、此方こそ」名前が小さく頭を下げた。「すみませんね、水を差すような真似をして」
「ちなみにどういう集まりだったんです」
「私達吸血鬼があるあるを話したり、お菓子を食べてダラダラするだけの胡乱な会ね」
「なるほど」頷く名前。
 野球拳大好き達は「そういう会だったの!?」と各々突っ込んだが、アダムだけは「さすが僕の希美さん!」と目を輝かせていた。

 この場の吸血鬼達が人間に危害を加える気が無いと判断したのだろう、名前は場所を変えてはどうかと提案した。彼女が言うには、吸血鬼が集まっているから吸対課に連絡が入ったのではなく、不審者が公園に集まっているから警察に通報されたということだった。そりゃそうだ。そして、集まっていた野球拳達が吸血鬼だったので、吸血鬼対策課の方にお鉢が回ってきたらしい。
「人間共の遊び場を占領してやる〜!」
「マナー云々でなくモラルを守ろうねって話だからね」
「ウェーン!」
 名前にざっくりと切り捨てられたマナー違反は、そのままいじけて隅に行ってしまった。妙なデジャヴを感じる。
「どこかホテルのフロアを借りるとかさ」
「資金無いよ俺ら」
「全員が定職に就いてるわけじゃないからな」
「働けや。レンタルオフィスを使うとかどうです」
「ああいうとこって落ち付かなくない?」
「働くわけじゃないしな」
「だから働きなってば……」
 名前はそれからもいくつかの代替案を出したが、野球拳達が納得しなかったので諦めたようだった。些か苦笑が浮かんでいる。
 ふと、名前と目が合った。しかしそんな気がしただけで、すぐに視線は逸らされてしまう。貴方らが悪さ企んでるわけじゃないのは解ったし、と名前は言った。「次は別のとこでしてくれる? 場所取りの時に人間に何か言われるようだったら、呼んでくれれば私も一緒に行くし」

 通報を受けてやってきた吸対課としては、今晩だけでなく、吸血鬼集会の集まり自体を解散させたかった筈だ。しかし、名前はそれをしなかった。もちろん、それには吸血女帝の取り成しのおかげもあっただろう。女帝は名前に次の集会を開く時は別の場所で行うこと、そして名前の監視を条件に、今夜の集まりを当初の予定通り行うことを約束させたのだ。吸血鬼達は流石女帝だと褒めそやしたが、名前をよく知る野球拳大好きは、彼女が元々そんなつもりは無かったのだろうと踏んでいた。
 野球拳達が最近あった畏怖い事について話している間、名前は離れた場所から此方を眺めていた。そして、名前が倒れたのはそれからすぐの事だった。


 重い何かが倒れ込むような音に、野球拳達は音のした方を見た。音の主は名前で、彼女は手足を投げ出すようにして地面に倒れている。吸血鬼達は突然の事態にそれぞれ驚いていたが、中でも一番動揺したのは野球拳大好きだ。
 野球拳はすぐさま名前に駆け寄り、「おい、ネェちゃん!」と声を掛けた。呼吸はしているようだが、呼び掛けには応えなかった。
 ――人間は脆い。そんな事、野球拳だって知っていた。
 他の吸血鬼が恐々と――誰もが思っていた。もしかして、自分が何かをしてしまったのではないかと――近付いてくる中、野球拳はスマホを取り出し、救急に連絡を入れる。途中、「吸対の情けない格好をSNSで拡散してやる〜」とマナー違反が嬉々として口にしたが、野球拳が一瞥すると潰れた蛙のような音を立てて動かなくなった。
 ゼンラニウム達何人かの吸血鬼が、公園の外で待機していた吸対の人間を連れて来てくれた。サギョウというその人間は、最初こそかなり警戒していたようだったが、公園で倒れているのが自分の同僚であると解ると、すぐに思考を切り替えたようだった。名前の傍に跪き、「先輩、先輩!」と懸命に声を掛けている。

 間もなくして救急車が到着し、名前は近くの病院に搬送されることとなったのだが、此処で手違いが起きた。名前の同僚であるサギョウが、自分は課に戻って報告しなければならないと言い張ったのだ。
「おまッ、後輩だろ!? お前が付き添うのが筋だろうが!」
「そりゃ解ってますけど僕ら通報受けて此処に来たからまだ前の仕事も報告上げてないんですよ、外勤の途中だったんで」
 暗に、「お前達が余計な仕事を増やしたせいでこうなったんだ」と言われている気がして、野球拳はぐっと押し黙る。救急車呼んでくれたことは感謝してますけど、とサギョウは小さく言った。「命に別条は無いそうですし、救急の方達に任せておけば大丈夫でしょう」
「それは……」
 ――そういうものなのだろうか? 本当に?
 黙り込んだ野球拳へ助け舟を出したのは、吸血女帝その人だった。「それなら、貴方が付き添えば良いでしょう」

「えっ」
「お友達なのでしょう? ならば大丈夫よ。問題ないわ」
「……女帝がそう言うなら」
 吸血鬼が同乗することに、その場に居た人間達は怪訝そうな表情を浮かべこそすれ、誰も文句を言わなかった。野球拳大好きは救急車に乗り込み、その場を後にした。残された吸血鬼達は好奇の目を隠さなかったが、やがて夜が更けると共に散り散りになっていった。

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