名前を知り、存在を認識してから、その相手が目に留まるようになるというのはよくある話だ。
 野球拳大好きは吸血鬼対策課の警官達の中から名前を見つけ出すことができるようになったし、むしろ彼女を探す為に吸対課の人間をよく観察するようになった。彼らの白い制服は、暗闇の中でもよく目立つ。
 彼女は野球拳大好きに対して――というよりも、吸血鬼全般に対して親切で、横柄な態度を取ることが一切なかった。誰が相手でも朗らかに接してくれるし、此方が困っていれば誰であろうと親身になってくれた。
 もっともそれらの事に、野球拳が友人の兄だからという理由が関係していないとは言えないだろう。それでも野球拳は時折名前と雑談をする仲になったし、近頃では彼女の方から話し掛けてくることもあった。
「警官になる事が夢だったんだよね。子供の時からずっと」
 いつだったか、名前がそう零したことがあった。「悪人を捕まえるのってさ、格好良いじゃん。憧れだったんだ」
 まあダンピールだから吸対課に入れられたんだけど、と小さく呟いた時の名前の顔は、野球拳からは見えなかった。

「――アンタが俺らとだべるのって、一緒に居れば体良くサボれるからだろ」
「あ、ばれた?」
 くすくすと笑い始めた名前に、野球拳も人知れず笑みを零した。


 月の明るい夜だった。辺りは死屍累々、憤死する男共で溢れ返っていた。野球拳をした同士としてTシャツだけは着せてやったが、何ともまあ、むさ苦しいにも程がある。勿論、この阿鼻叫喚の地獄絵図を作り上げたのは、野球拳大好き自身に他ならないのだが。「――こういう具合にしなしゃんせ、アウト! セーフ!」
 よよいのよい! リズムに合わせて右手を差し出した名前は、心底悔しそうな顔で靴下を脱ぎ捨てた。真っ先に全裸になった狙撃手の男が、「先輩ー!」と悲鳴を上げる。じわじわと焦燥が見え始めた名前と、その反対に、笑顔が隠し切れなくなってきた野球拳。

 名前というダンピールは、人間にも吸血鬼にも分け隔てなく親切だったが、それは対象が悪事を働いていない場合に限られた。下等吸血鬼は容赦なくVRCに放り込んだし、高等吸血鬼であっても、市民に迷惑を掛けていたら問答無用で取り押さえていた。今晩のように、辻野球拳を仕掛けていた野球拳大好きに対してもそれは変わらない。
 応援に駆け付けた名前は、野球拳結界が途切れる瞬間を狙って武器を構えたが、逆に野球拳大好きに隙を突かれ、催眠に掛かってしまった。じゃんけんの結果に合わせ、一枚また一枚と脱衣していく。例えどんなに応じたくなくてもだ。よく見掛ける赤髪の女の子が居ないのは残念だったが、名前をひん剥けるのなら上々だ。羞恥に歪むその表情が堪らない。

 実のところ、強制的に野球拳をさせるという野球拳大好きの催眠術は、催眠が掛かる前に遮断するか、野球拳をしている最中に術者である野球拳大好きを攻撃すれば、簡単に攻略することができる。しかし焦っているからだろう、名前達吸血鬼対策課の面々は誰もその事に気が付いていないらしかった。先日のハンターギルドでの一件も周知されていないようで、人間達の複雑な力関係が垣間見える。
 我ながらどういう理屈なのかと不思議に思っている結界も、なかなか良い仕事をしてくれていた。おかげで、名前と二人きりの野球拳を愉しむことができるのだ。
「い、いい加減にしないと、本当に酷い目に遭わせるぞ!」
 名前が言った。心なしか声が震えている気がしなくもない。野球拳大好きはニヤッと笑った――今の自分は、かなりあくどい顔をしているだろう。もっとも口布が隠してくれるので、誰にも見えやしないだろうが。
「いーや、それまでにおネェちゃんが全裸になるのが先だね」
「う、ううぅ……」
 銃、ホルスター、ブーツ、ハイソックス、隊章、ベルト、制服、タイ、シャツ――いつの間にか、名前に残っているのは制服のホットパンツと、キャミソールだけになっていた。事態に気が付いたのだろう、名前の顔は今や首まで真っ赤に染まっている。ともすれば泣き出してしまいそうだ。
 野球拳への暴言、名前を応援する声、野球拳に対する罵声、野球拳に対する罵詈雑言と、周囲の男達からの反応は様々だったが、野球拳大好きは彼らの声に滲む隠し切れないそれを明確に感じ取っていた。期待感だ。

 名前があと一度じゃんけんに負ければ、彼女は上か下、どちらかは確実に下着になる。仲間といえど、やはり見たいものは見たいのだ。気持ちは解る。男の性だ。
 握り拳を作りながら、野球拳大好きははたと動きを止める――このままこの男共に、名前の下着姿を見せても良いのか?


 一瞬のことだった。野球拳が抱いた迷いは、そのまま結界に現れた。結界は揺らぎ、その隙間からダンピールの男が拳を捻り込ませた。男の拳は野球拳大好きをノックアウトし、事態は収束した。名前の貞操は守られたし、野球拳はそのままVRCへ移送されることになった。
 ヨモツザカに嫌味を言われながらも、野球拳大好きは一人頭を抱えていた。これは相当キてるな、と。

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