フォローリクエストが届いています

 多分、名前の鍵アカを見付けた。
 頭に多分とつくのは、関口自身がそのSNSアカウントを名前のものだと判断しかねているからだ。
 名前はズイッターに登録していて、一日に数回ツイートを行う。しかし時折、数日間まったく呟かない時がある。別にツイートがなかろうと連絡すればすぐに返事があるし、関口は特別気にしてはいなかったのだが、偶然名前の友人が見知らぬ鍵アカウントにリプライを送っているのを見てしまった。これが二週間前の話だ。
 名前はズイッターを使ってはいるものの、依存するほどのめりこんでいるわけではなく、むしろ友達と会話をする為だけに登録しているようなものだった。一日数回のツイートも、半分以上はその友人宛の返信だ(わざわざSNSじゃなくても良いだろと思わなくも無いが、関口としても利益はあるので口を出していない)。名前の友人はフォロワーの数は特別多くなく、鍵アカウントは数えるほど。そのツイートを遡り、鍵アカウントへリプライを送っている日付と、名前のツイートを照らし合わせると、名前が呟いていない期間とぴったり合致する。
 ――普通、鍵垢なんざ彼氏に真っ先に教えるべきだろうが。
 完全にモラハラだが知ったことではない。そもそも、モラルを守っていてはヤノさんとは一緒に居られない。ちなみに、普段使いのアカウントはお互いにフォローし合っている(当然、関口は偽名を使っている)。会話はした事が無かったが、時折名前からいいねが飛んでくることはあった。
 兎も角も、名前が関口に知らせていないアカウントを持っているのでは、そう思ってからの関口の行動は早かった。まず仕事用アカウントの一つを使い、名前と仲の良い友人に接近する。それからその友人と、そして名前が興味を持ちそうなことを名前が鍵アカウントを使用しているだろう時期に呟くなりリツイートするなりしいいねさせる。後は「時々鍵アカウントからふぁぼが来るんですけどこれってお友達さんですかあ?」などと素知らぬふりで尋ね、「めっちゃ趣味あいますね!」等とフォロー許可が降りるように誘導するだけだ。
 おかげでこの二週間、関口は婚活に勤しむOLを積極的にロールプレイしなければならなかった。何なら名前でさえ、関口のことをゆるふわ女子のあずまちゃんと思っているかもしれない。

 件のアカウントは恐らく名前のものであると思う。思うのだが、関口には断定することが出来なかった。
 名前はインターネット事情に疎いものの、関口の言い付けをきちんと守り、身元が特定されるようなことは一切ツイートしていなかった。それは普段使いのアカウントも、そして今回の鍵アカウントでも同様だ。フォロワーを調べても、自分の普段使いのアカウントをフォローしていないし、何なら少しも被っていない。
 鍵アカのツイートを全て――八割が愚痴、一割が陰口、残りの一割がその他といった具合だった――読んだものの、名前だと判断できる材料は皆無だった。関口の仕事に万が一の支障が出たら困るので身バレしないようきつく言い聞かせているのだが、今回に限ってはそれが仇となってしまった。いや、そもそも名前が関口に隠している――もっとも、別に隠しているわけではないのだろうが――のが悪い。
 関口は暫く考えた末、一つ仕掛けを用意することにした。


「……えっ、凄、これ東吾が作ったの?」
「他に居ねえだろ」
「やば〜」
 名前は大皿に盛り付けられた刺身の数々に、感嘆の声を上げた。「葉っぱまで乗ってるじゃん」
「大葉な」
 この魚はこの日、関口が海で釣り上げてきたものだった。釣り上げた時はそのサイズにがっかりしたものだが、二人で食べるには多いくらいだ。それを丁寧に卸し、見様見真似ではあったものの、盛り付けた時にはなかなか綺麗にできたんじゃないだろうかと関口でさえ自賛した。名前が言った通りシソの葉で色味を加え、何ならツマも乗せたし、食用菊まで買ってしまった。
「やば、超上手じゃん。お店のやつみたい」
 関口が顎で促せば、名前は慌てて席に着いた。それから冷蔵庫からビール缶を二つ取り出し、片方を名前に渡した。名前は礼を言ってから、こんな綺麗なの食べていいの?と尋ね、その為に呼んだんだろうがと関口は鼻で笑う。もっとも、名前には「おい今日ウチ来い」としか伝えていなかったのだが。名前も笑った。
「じゃあ、いただき――」
「あッ、ちょっと待て」
「な、なに……」
 名前は、関口が自分のスマホで刺身の乗った大皿を撮っているのを、かなり奇妙な表情で眺めていた。正直なところ、歯を抜く寸前の時のような顔だ。以前、債務者に上か下か選ぶように言った時、確かにこんな表情で関口を見上げていた。もちろん名前は関口の彼女であって、クズを塗り固めて造ったような連中とは違う為、やや間を置いてから「私も撮ろうかな」と自身のスマホを取り出した。


 芝浦埠頭のアジトで、関口はコンテナに腰掛けながら、僅かに口の端を吊り上げた。「あいつアホだろやっぱ」
 関口が見ていたのは、先日中を見ることに成功した、名前のものと思しき鍵付きアカウントのツイート欄だ。もっとも、今では名前のものと確定している。この間振舞った鰹の造りの写真を、名前はそちらのアカウントに上げていたからだ。
 名前の鍵アカウントのツイート内容は、愚痴が八割、陰口が一割、そして――その他が一割。スマホを眺めながら表情を緩めていたことに、関口はヤノに指摘されるまで気が付かなかった。



 最近、やけに関口の機嫌が良い。
 理由は何となくだが解っている。たぶん、彼は私の鍵アカをフォローしたのだ。

 名前は少し前から、元々持っていたズイッターアカウントに加え、もう一つのアカウントを使いだした。そちらは許可した人にしか見えないようになっており、何となく他人に知られたくないことだとかを吐き出す場として使っている。愚痴とか、愚痴とか、それから惚気とか。
 関口にきつく言い聞かせられているので、名前は自分ないし関口の身元を特定するようなツイートは一切呟かないようにしていた。というか、関口は名前のことを馬鹿だと思っているので(実際頭が良いわけではないが)「身バレするようなことは書くなよ」と何度も厳命を下したが、名前だってそれくらいの知能はある。仮に関口が真っ当な人間だったとしても、彼の不利益になるようなことは呟かないつもりだ。
 しかしほんの時折、むしょうに彼について話したくなる時がある――歯磨き粉にキレてて可愛かった、とか。

 もっとも、まったく根拠はなかった。関口らしいフォロワーは居ないし、名前の友達の誰かが関口と友達というわけではないと思う。なので女の勘というやつだ。
「何ニヤついてやがる」
「なんでもなーい」
 いつでも見られていると思うと良い気はしないが、それで関口が満足するのであればまあ良いのかなとも思う。結局名前は関口のことが好きだったし、その気持ちに嘘は無いので、関口が心配しているようなことが起きる筈もない。小さく笑いながら、名前は最近フォロワーになったあずまちゃんに「束縛彼氏もなかなかいいよ」とリプをした。

[ 186/832 ]

[*prev] [next#]
[モドル]
[しおりを挟む]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -