06

 四時限目の終了を告げるベルが鳴り、骨抜はぐっと身体を伸ばした。この日は座学ばかりで、すっかり身体が固まってしまっていた。もっとも午後からは二時限続きのヒーロー基礎学が待っているので、思う存分身体を動かす羽目になるのだが。ふと後ろから肩を叩かれる。
 背後に立っていたのは物間で、彼は「作戦会議といこうじゃないか!」と胸を張った。意図が解らず、同じく物間に声を掛けられたらしい凡戸に目をやるも、彼の方はあまり乗り気でないようで、物間に悟られないように無言で肩を竦めてみせるだけだった。此方のやり取りが聞こえたのだろう、隣席の角取が「スクセンカァイギ?」と不慣れな発音で繰り返すので、「That's strategy meeting」と答えてやる(彼女は「oh」と声を漏らすも納得した様子で、且つ乗り気だった)。その間にも、物間は席を立とうとする円場や柳達に声を掛けている。
「一応聞くけど、何の?」
 次の基礎学が実技だとは聞いているが、そのチーム分けはまだ発表されていない。となると、大勢のクラスメイト達を巻き込んだ作戦会議となれば、自ずと結論は絞られてくる。「決まってるだろう? あのA組に、どうやったら体育祭で一泡吹かせてやれるかを考えるのさ」

 骨抜はかなり渋い顔をしたが、物間は気が付かなかったようだった。
 先日、体育祭の開催が発表された。敵の襲来があったこともあり、開催自体が危ぶまれていたようなのだが、それでも例年通り行うことになったのだ。そこで、物間曰く“憎たらしいA組”を、体育祭でボコボコにしてやろうという事らしい。
 物間という生徒は多少演技がかった言動をするし、最初はノリでそう言っているだけだと思っていたのだが、どうも彼は本当に、隣のクラスである一年A組のことを毛嫌いしているようだった。理由は知れない。物間の言葉に感化され、偵察に行った鉄哲が「嫌なヤロウが居た」と言っていたし、彼も何かしら嫌な目に遭ったのかもしれないが、骨抜自身は特にA組と何かあったわけでもないので、やや行きすぎなのではと思う時があった。
 もっとも別にA組の肩を持つ気はないし、どちらかというと友達である物間の意思を尊重したいと、そう思ってはいるのだが。
 一致団結して臨むべきだ、と熱弁する物間の言葉を黙って聞いていた骨抜だったが、やがて「ワリ」と口を挟んだ。
「何だい骨抜、何か良い案でも思いついたのかい?」
「いやそうじゃなくて。悪いけど俺、先約があるから」
 物間はそう言って教室を後にした骨抜に対し、「何て薄情なんだ」とか「こんなことじゃA組をこてんぱんに出来ない」だとか嘆いていたが、骨抜はまったく無視した。ちなみに、この作戦会議は学級委員長の拳藤が諌めたことでメンバーが散り散りになり、結局は解散したそうだ。うちのクラス、実はかなり危ういバランスで成り立っているのでは、と、そう思わないではない。


 ――骨抜はハッと気が付いた。口の中に、やや液体状の熱いものが入っている。確かに唐揚げ丼を注文しようと思っていた筈なのに、だ。そして目の前には名字が座っていて、彼女の顔はかなり慌てていた。ごほごほと続け様に噎せながらも、骨抜に出来るのはこれ以上醜態を晒さないよう口元を押さえることだけだった。

「だ、大丈、夫……?」
「――あー、うん、悪い、もう平気」
 最後にもう一度だけごほんと咳き込み、骨抜は漸く一息ついた。名字から差し出された水を、自前のストローでゆっくりと飲み下す。カレーライスを食べたのは、実に数年ぶりだった。
「あの、辛いの……」
「うん? 何?」
 名字はまごまごと口を開けたり閉めたりしていたが、やがて携帯を取り出し、猛スピードで何かを入力し始めた。それから画面をずいっと骨抜の方に差し出す。彼女の携帯には“辛いの苦手だった?ごめん”という文字が打たれていた。慌てた様子の彼女に――もっとも目の前に座る男子生徒がいきなり盛大に噎せ始めたら、誰だって慌てるかもしれないが――ようやく合点が行く。

 “個性”をコントロールさせられるように訓練しよう。そう骨抜が申し出てから、二人は毎日食堂で顔を合わせていた。もっとも、訓練といっても、ヒーロー科学科で行うような大掛かりな訓練を、講師の監督下でもないのにできるわけもない。そこで骨抜が思い付いたのは、日々の昼食をどうするかを決めるという、ただそれだけの事だった。
 ランチラッシュの監督する雄英の食堂は、かなりの数のメニューがあった。定番メニューもさることながら、日替わりメニューまで毎日数種類用意されている。その中から骨抜が事前に食べたいものを選び、その上で名字が違うものが食べたくなるように骨抜に言うのだ。名字が上手く“個性”をコントロールできれば、骨抜は無事にそのまま食べたいものを食べられる筈という理屈だった。
 名字は毎回ランチを買わせることに対して申し訳なさそうな顔をしていたが、骨抜としては元々一人暮らしを始めたばかりで弁当を作る余裕などなかったし、すっかりランチラッシュに胃袋を掴まれていたのでさほど問題無かった。好き嫌いも、まああまり無い方だったし。
 別に毎日お昼を一緒に食べようと約束したわけではなかったのだが、名字の方が大概一人で食べていたらしいということもあり、今のところはここ数日、毎日連続で食事を共にしている。

 骨抜は言葉を選びながら、辛いのが苦手ってわけじゃないんだけどねと言った。「この口じゃん、カレーっていうか、汁気のあるもの食べるの苦手なんだよね。中学は弁当だったし、久しぶりに食べたから驚いただけ」
 みるみる顔を青くしていく名字に、骨抜はしくじったと内心で肩を落とす。本当に、彼女が気に病むことなど何も無いのだ。骨抜が先に伝えておけばよかっただけの話で、それを怠ったから起きた、いわば事故だ。むしろ、どちらかといえば骨抜の側に責任がある。
 彼女は両手を合わせたまま、何度もしきりに頭を下げた。ごめんのジェスチャーだ。
「名字が気にしなくていいよ。俺が言ってなかっただけだから。ほんと気にしないで」
 名字は何かを言いたげに口を開けたり閉じたりした後、骨抜の前にあるカレーと、自身の前にある定食を交互に指差した。
「えっ、何……ああ、交換しようってこと?」
 うんうんと頷く名字に、骨抜は「別に食べられないわけじゃないからいいよ」と断った。
 ちなみに、名字の“個性”、暗示はちょっとした衝撃で解けるらしかった。ぽんと肩を叩かれたりだとか。今回の場合は、食べ慣れない料理を食べたことで咳き込んでしまい、その反動で解けてしまったらしい。
 普段、彼女は骨抜が食べ終わった後に暗示を解いてくれる。何故かというと暗示に掛かっている間は確かにそれを――今日の場合はカレーを――めちゃくちゃ食べたいと思っているからだ。最初は注文をした直後に解いてもらったのだが、そうすると買い間違えてしまった気分になるので、後から解いてくれるよう骨抜が頼んだのだった。そうすれば、暗示が解けた時には既に満腹で、まあ良いかと思うことができる。

 骨抜はゆっくりとカレーをスプーンで掬った。そもそもスプーンで食べる料理自体あまり好んでは食べないので、動作もどこかおぼつかない。そのまま慎重に口元まで運び、ちょっと不恰好だが、やや上を向いたまま口の中に放り込んだ。
 カレーについては苦い思い出(給食で出ると食べ終わるのがいつも最後になってしまうとか、皆が好きなのに自分だけその良さがよく解らないとか)ばかりだったので、苦手なのだとばかり思い込んでいたのだが、久しぶりに食べたカレーライスの味は普通に美味しかった。美味しかったから、ごめんねスタンプを連投してくるのはやめて欲しい。

[ 787/832 ]

[*prev] [next#]
[モドル]
[しおりを挟む]



×
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -