カトラスの裁定

 カチカチ、カチカチッ。延々と、特定のリズムで手元のボタンを操作する。名前の操作するキャラクターは小攻撃を繰り出し続け、もう一人のキャラクターは動くことが出来ず小刻みに震えている。所謂ハメ技だ。事態に気付いた対戦相手――黒髭ことエドワード・ティーチは、「あーッ!」と野太い悲鳴を上げた。
「やりやがった! マジかよこの野郎ッ! やりやがったッ……!」
「勝負に運は関係無いんで」
「ぐ、ぐぬぬーッ!」
 それからも、黒髭は自身の持ちキャラのヒットポイントが全て削られるまで、あの手この手でハメ攻撃から抜け出そうともがいていた。しかしながら勝負は決し、勝者となったのは当然名前だ。

 動体視力や運動神経では決してサーヴァントに勝ることのない名前が、こうしてハメ技を使うことは度々あることで、その度に黒髭は少なくとも一度はハメ殺されることになる。
「黒髭がそっちの角に行かなかったら死ななかったよ。これそこでしか使えないやつだし」
「くっ……」
 負けを認めたのか、黒髭は何も言い返さなかった。もっとも、「気をつけていたのに……」とブツブツ文句を垂れている。

 エドワード・ティーチ。カリブ海を跳梁跋扈し、人類史にその名を刻んだ英霊だ。その彼は今、人類最後のマスターと契約し、此処カルデアに身を置いている。
 オケアノスで垣間見た時は、「何故あの黒髭がオタクに……?」と皆が内心で首を傾げたものだったが、こうしてカルデアで対面しても少しも謎は解けなかった。もっとも、カルデアにサーヴァントが増えていくたび、そういうものなのだろうと納得できるようにはなったのだが(自分を呂布だと信じ切っている赤兎馬など、その最たるところと言えるだろう)。
 ともかくもオタクのような挙動をするティーチは、オタク的活動も好ましく感じるらしかった。漫画も好きなようだし、ゲームも好きだ。巴の巣、もといレクリエーションルームから度々追い出されるため、彼は日中の殆どを名前の部屋で過ごしている。
 名前の部屋には、沢山のテレビゲームがあった。なお、一部はカルデアや、その他職員やサーヴァント達に貸し出している。

 人類史が白紙に戻され、仕事をしている時以外は一切やる事がないカルデアに、ゲームを持ち込んでおいて本当に良かったと思ったことは数知れない。何か一つでも没頭できるものがあるのはよいことだ。魔術師には電子機器の類を馬鹿にしている者も居るが、ゲームでしか味わえない快感は確かにあるのだ。
 でなければ、子供に世界の全てを押し付けていることの重圧から、こうも目を逸らせるわけがない。


 元々オーバーワーク気味で、その上でゲームは一日一時間までと決められているので(守らなければ死んででもやめさせられてしまう)、ゲームに飽きてしまうということは殆どなかった。オンライン対戦はできないし、バグが発覚しても絶対に修正されないが、少なくとも飽きることはない。対人戦なら尚更だ。
 ティーチはサーヴァントだ。どう転んでも名前は彼に勝てないし、それが当たり前だ。しかしゲームの上ではあくまで対等だ。ティーチはゲーマーの英霊でなく海賊の英霊だったし、名前は魔術師の中でもゲーマー寄りの魔術師だ。早押しや目押しといった運動神経が絡むものも確かにあるが、運要素が絡むものも多い。培われてきたゲームに対する嗅覚だってある。少し力を入れすぎればすぐに罅が入ってしまうコントローラーを使うのも、なかなかのハンデになっているに違いない。つまり、名前達はそこそこ良いゲーム友達だったのだ。
 いつだったか、黒髭は言った。聖杯戦争に参加する事があったら、是非自分を喚んでくれと。

 太股に突き立てられた短剣は、黒髭の手の自重によりじわじわと沈んでいく。熱いとか、痛いとか、そんな次元の話ではなかった。それでも名前が叫ばなかったのは、声を出してしまえば最後、何も考えられなくなるからだ。体中の細胞という細胞が生命の危機を感じている今、思考を手放してしまうのは得策とは言えない。
 叫び声一つ出さねェのか、と黒髭は小さく呟いた。

 別に、ゲームに負けたことに腹を立てたなどという理由ではないのだろう。今のティーチからは、普段のような親しみやすさは消え失せ、冷たいまでの怒気しか感じられない。これをきっと、プレッシャーとか、殺気とか、そういう風に言うのだろう。
「こうでもしないとお前、俺が誰だか解んなくなっちまうだろ?」ティーチが言った。


「……別に、俺は、あんたが黒髭だってこと、忘れたことは一度も無いけど」
 刃が肉を裂くのが解る。より深く沈んだ短剣に、顔中から脂汗が噴き出したのが解る。そして自分が今、死の淵に立っているのがはっきりと解る。
「……フーン?」
 ズッ、と濁った音がした刹那、勢い良く短剣が引き抜かれた。名前に対する配慮は少しも無い。ただ落ちた武器を拾っただけ、そんな具合だ。想像を絶するような痛みに、名前は歯を食い縛ったまま患部を押さえることしかできない。
「マスターも大概ですが、名前氏も大概ですなあ」
 そーれ紳士的な愛、と、何とも不真面目な掛け声と共に魔術が行使される。しかしながら痛みはやや薄らいだし、傷自体も負ってから数時間経ったもののように塞がっている。もちろん未だ凄まじく痛いし、まともに頭も回らないが。

 どうやら生命の危機は脱したようだった。黒髭は最早、名前を害する気は無いらしい。名前の答えに満足したのか、それとも本当に、何の意味も無かったのか。
 叫びたくなるような痛みを何とか堪えつつ、治癒の術式を発動させる。黒髭はというと、器用なものですなあと笑っていた。

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