正直な話、カリムが自分の従者に――従者という言い方をしているが、どうやら被雇用者という立場らしい――ならないかと誘ってくること自体は嫌ではなかったし、むしろ若干の嬉しさすらあった。
 自身のユニーク魔法のことを、名前はイカした魔法だとは思っていた。しかしそれはユニーク魔法そのものについてであり、使い道が無いことについては辟易していた。何の役にも立たない魔法。嫌だったのだ、まるで自分が何者にもなれないことを暗示しているように感じられて。名前にとってユニーク魔法は取り除けないしがらみであり、最大のコンプレックスだった。しかしそれを、カリムはひどく必要としてくれた。日常的に暗殺の可能性があるという事に関しては気の毒だったが、自分にもできることがあるのだと教えられたようで嬉しくも思ったのだ。
 ただ、それが理由でカリムの従者になるかと言われれば、答えは当然ノーだ。名前の家は貧乏で、将来は自分が大金を稼いで家族を養ってやらなければならないと思っていた。魔法士としての才覚を認められ、名門ナイトレイブンカレッジに入学でき、その道がやっと見え始めたところだった。カリムは名前の望み通りの賃金を保証すると言い、おそらくその言葉に嘘はないのだろうが、どこの世界に同級生に施しを受ける男が居るというのだ。
 カリムの悪意の欠片もない提案も、心からの褒め言葉も、名前には全て嫌味のように感じられた。本気で言っている分たちが悪い。

 どうやら、カリムは名前を見掛けるたびに声を掛けているようだった。卒業したらオレの家に来てくれないか、従者にならないか、オレの家に来ないか、仕える気はないか。彼のあまりの勧誘っぷりに、周りの生徒は度々名前を冷やかした。今日も熱烈ですねえと揶揄ったのはジェイドだ。
「気持ち悪い言い方すんなよ」
「ふふ、それはすみません」
 少しも悪いと思っていないような口振りだ。名前は大きく舌打ちをし、ジェイドはますます笑みを深くさせる。
 ここ最近、カリムと、そしてジャミルがよくモストロ・ラウンジを訪れていた。どうやら名前を見掛けた時に声を掛けるだけでは飽き足らず、直接名前に会いに来ているようなのだ。カリムは気前よく注文してくれる上、少しおしゃべりしたらすぐ店を出ていくので、超が付くほどの上客だ。何ならクラスメイトや、スカラビア寮生を連れてきてくれることもある。名前の心労が溜まる以外にデメリットはない。
 手を振ってくるカリムに振り返してやりながら、もっと客に――もといジャミルにもっと気前よくしろ、とジェスチャーで合図してくる支配人に向け中指を立てる。
「よかったじゃないですか。自分のユニーク魔法に何か使い道はないのか、と気にしていたでしょう?」
「まあな」
「毒キノコの無毒化だけに使っていたのでは、勿体無いですものね」
「よく言うよ、さんざん人を扱き使っておいて」
「おや、機嫌が悪いですね」
 名前はジェイドを睨んだが、逆に見詰め返され、結局視線を外した。以前魔法を掛けられて以来、どうにも彼の切れ長の目が苦手だった。
「別に、良いじゃないですか。カリムさんのところで働けば、玉の輿――」名前が睨むと、ジェイドはわざとらしく肩を竦めてみせた。「――とは少々違いますが、安定した生活が得られるのでは? 悪い話ではないと思うのですが」
「お前が俺の立場だったらどうするんだ?」
「さあ、どうでしょう」
 ジェイドははぐらかしたが、互いに答えは解っていた。ジェイドは一見相手に追従しているように見えるのだが、やりたくないことは是が非でもやらない男だ。アズールやフロイドの方がまだ融通が利く。仮に名前でなくジェイドが浄化のユニーク魔法を使えたとして、彼がカリムの誘いに乗るかどうかは微妙なところだった。
「俺だって、別に嫌がらせで断ってるわけじゃない」
「というと?」
 名前はカリムに目を向けた――カリムが此処によく顔を出すようになってから気付いたが、確かに、彼は暗殺についても用心しているようだった。彼は注文したものを殆ど食べなかったし、たまに食べる時があっても、全て先にジャミルが口を付けていた。毒見役ということらしい。恐らくカリムは、名前に気を使って食べているのだろう。
「……俺の問題なんだよ。プライドとかあるだろ、誰だって」
「そういうものですかね。僕にはよく解りませんが」
 おう、と名前は頷いた。「ところで副寮長さんよ、カリムに何て言われたんだ?」
「カリムさん、氷柱キノコを融通してくれると言うので。つい」
「バーーーカ!」


 カリムの誘いは、回数を重ねる毎に条件が変わっていた。最初の内は一般的な労働条件だったのだが、近頃では破格の賃金となっているのだ。日に三度ユニーク魔法を使うだけで年収何百万マドルだというのは、いくら何でもおかしすぎる。もちろん雇い主となるであろうカリムがそれで良いのであれば構わないのだが、名前も半ば意地になっていて、どれだけ好条件だろうと呑むつもりはなかった。家族を自分の手で養うのは名前の義務だったし、目標だったし、そして夢だった。それがこんな形で叶ってしまうのは本意じゃない。
 しかし――別に、ジェイドに言われたからというわけではないのだが、カリムが本当に望んでいるのであれば、そうしてやっても良いんじゃないかなという気持ちになってきていた。何度も断るのも申し訳ないし、何より彼は友達なのだし。名前が折れてやるだけで、彼が少しでも助かるというのであれば、それでもいいんじゃないだろうか。別に年収に釣られてしまったわけではない。

 何度目かの勧誘。やっぱ駄目かあとしょげるカリムに、名前はそれとなく「お前、そんなに俺が必要なのかよ」と口にした。レポートを見て欲しいと頼まれ、二人で適当な空き教室に篭っていた時だった。教科書に向き直ろうとしていたカリムは、ぱちくりと目を瞬かせた後、ペンをインク壷に戻した。笑っている。
「おう! 何だ、全然伝わってなかったか。オレって駄目だなー」
「そりゃそうだろ、俺の魔法、今まで散々使えねえ魔法だって言われてきたんだし」
「そうかあ? 凄い魔法だと思うけどなあ」
 だってさ、と、カリムが言った。「名前が魔法で毒を消してくれれば、ジャミルが毒で死ぬことはないだろ?」


 勢い良く立ち上がった名前を、カリムはぽかんとした眼差しで見上げていた。「名前……?」
 そのまま勉強道具を片付け始めた名前に、カリムはもう一度「名前?」と名前の名前を呼んだ。カリムがもう一度、「お、おい名前」と声を掛けたのは、名前が教科書も、レポート用紙も、羽ペンも、何もかもを仕舞った後だ。
「いい加減、俺だってうんざりしてるんだよ、それくらい解るだろ」名前が言った。「いいか、俺はお前のところで働く気は無いし、これからだってその気持ちは変わらない」
「あと、レポートくらいお前一人だってできるだろ」
「ああ、うん」
 カリムは、笑っていた。しかしいつもの陽気さは鳴りを潜めている。人の良いカリムのことだから、ショックを受けるか、それともどうしてそんな事を言うのだと食下がってくるかと思っていたのだが、名前の予想は悉く外れていた。カリムはただただ静かに微笑んでいた。「悪かったな、名前。名前は迷惑だったんだな」
「……お、おう」
 もう一度、カリムは悪かったなと口にした。
「もう従者になんて誘ったりしないぜ。またな、名前」
「あ、ああ、またな」
 名前は逃げるようにその場を後にした。

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