朴訥な男

 ノートン・キャンベルについて、名前が知っていることは二つだけだ。彼はこの荘園に来る前炭鉱で働いていて、そこでひどい事故に遭ったということ。そして――彼が超弩級の無口だということ。

 新しく来た奴はえらく無口な奴だ、と、名前はノートンと最初に同じゲームに参加したウィリアム達から聞いていた。しかし、まさか本当に、そこまで無口だとは考えもしなかった。
 ゲーム中は確かに所在の確認の為にだろう通信を行ってはくれるのだが、ゲームが終わった後、勝利を祝ってもうんともすんとも言わないし、逆にひどく失敗をしてしまっても、彼は名前を責めるどころか同情的な視線を投げるだけで何の言葉も発さなかった。おかげで、名前は暫くの間、ノートンが口を利けないのではないかと思っていたくらいだ。
 彼の前に荘園に来た納棺師のイソップも口数の少ない男だったが、彼の場合は人嫌いの性質から来るものであり、その心境は理解できた。しかしながらノートンは自分の事を話さなかったし、硬い表情も相俟って、より近付き難い雰囲気を醸し出している。
 陰鬱な男。それがノートンだ。
 別に、ノートンが自分の事を話そうと話すまいと、喋ろうと喋るまいと、名前を始めサバイバー達は皆どうでも良いと思っていた。名前達に必要なのはただゲームをクリアしようという意思だけであり、表面的なやり取り以上のことを求めていない。勿論ゲームには仲間との連携が必須になってくるので、仲が良いに越したことは無いのだが。問題なのは、今現在、名前とノートンが二人きりで控え室に居るということだ。

 一緒のゲームなんだ、宜しくね。そう言った名前が口を閉ざしてから、既に五分が経過していた。名前の隣に座ったノートンは、頷きを返しただけで、それ以降は常のように沈黙を保っていた。手持ち無沙汰に磁石を拾い上げてみたり、戸口の方を眺めていたりしている。これが他のサバイバーであれば、名前だってこれほど気まずい思いをする事は無いのだが。そもそもわざわざ隣を選んで座ったくせにだんまりってどういう事だ。
 どちらかというとチェイスが得意なノートンと、どちらかというと解読が得意な名前は、これまでもよく同じゲームに参加した。どういう理由かは解らないが、名前が参加したゲームは、解読の際に調整が発生し辛くなるのだ。調整に失敗するとハンターにも居場所がばれてしまうようなので、ノートンのように機械に不慣れな仲間達には重宝されていた。名前にしても、不利な状況でも必ず助けに来てくれるノートンの存在は有難かった。しかしよく同じゲームに参加するからといって、名前とノートンが親しい理由にはならない。
「あー……」沈黙に負け、名前が口を開いた。「マッチング遅いねえ」
「ちょっと前はすぐにゲームが始まったんだけどさあ、最近遅いんだよね。やっぱりあれみたい、みんなキャンベルさんやパトリシアちゃんを警戒してるっていうか。あっ、この間のゲーム、ほんと凄かったよ。ロイさんと一緒だったやつ。リッパー、完全にロイさんのこと見失ってたもん。ナイス磁石!」
「………………」
 ノートンは何事かを言ったようだった。「ありがとう」とか、「どうも」とか、恐らくはその辺りだろう。もしくは「別に」とかかもしれない。ノートンが無口すぎて、彼がどういった反応を返すのかもさっぱり解らなかった。
 手を貸して、早く――未だ現れない残りのメンバーに向けてそんな事を思いながら、名前はこの寡黙な男とこれからどう付き合っていけばいいのかと頭を悩ませる。他の誰かが居てくれれば、その誰かと雑談に興じることもできるのだが、ノートンが相手だとそうはいかない。人と付き合う気が無いわけではないようだし、人嫌いというわけでもないのだが、如何せん彼には話を続ける気がないようなのだ。ちなみに、名前が特別嫌われているというわけではなく、少なくとも名前が知る限りではノートンは誰に対してもこういう対応をしていた。
 ――特別仲良くなる必要はないけれど、お喋りで緊張が解れることもあるんだけどなあ。
 無難にご飯の話題(意外なことに、先日ピアソンが焼いてくれたパイが非常に美味しかったのだ)でも振ろうかなあと考えた時だった。「このままゲームが始まらなかったら、どうなるんですかね」
「えっ」
「………………」
 まさかノートンに話しかけられるとは思わず、名前は思わず問い返してしまった。此方を見ているノートンの表情はやはり硬く、彼が何を考えているのかいまいち解らない。「えーとね、強制的に退室させられるんだよ。此処はゲーム専用の部屋だし」
 前にやったことあるよと名前が言うと、ノートンは「そう」と小さく呟いた。
 名前とノートンがこの待機部屋――マッチングルームと呼ぶ仲間も居るが――に入ってから、かなりの時間が経っていた。ゲームが行える時間は限られていて、どうやらノートンはそれを危惧したらしい。誰か来てくれると良いねえと名前が言おうとした時、部屋の片隅に置かれている置時計が午後十時を知らせる鐘を鳴らし始めた。ふと気付けば二人は待機部屋のすぐ外の廊下に立っており、名前が「ね」と笑ってみせれば、ノートンもなるほどと肩を竦めてみせた。
「ゲーム、始まらなくて残念だったね。そりゃ何回も参加したくはないけど、ポイントは欲しかったのになあ」
「別に」ノートンがぽつりと言った。「君と一緒なら、別にあのままでも良かったのに」
「……え」
 名前がぽかんと口を開けた時には、既にノートンはじゃあねと手を振って自室に戻っていた。


 ノートンが大規模な落盤事故に見舞われた際の唯一の生存者なのだと名前が知ったのは、その数日後のことだった。取り残された同僚を、泣く泣く見捨てて生還したのだと。だから、決してゲームで仲間を見捨てないのだと。二人でなら閉じ込められても良かったと、そう呟いたノートンの心境を考えると、名前はどうにもじっとしていられなかった。
 私は絶対貴方のこと見捨てないからね! 食堂で一人仲間達から離れて座っていたノートンに、そう宣言した名前。彼は一瞬ぽかんとした表情を浮かべたものの、やがてはにかんだように小さく笑ったのだった。ちなみに、彼の口数が少ないのは生来の性質だったらしく、名前達が友人以上の関係になった時も彼の寡黙さは少しも変わることがなかった。

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