DXチャーシューまん 298円

 あっヴァミマだ、私ちょっと肉饅買ってくるね――そう言った名前は、メカ丸の返事を待たずに既に駆け出していた。もっとも、幸いにも電車までの時間はまだ充分にあり、名前が肉饅を買ってこようと、ピザ饅を買ってこようと咎めるつもりはなかったし、彼女だってそんなメカ丸の返答を解っていたからこそ返事を聞かずにコンビニへ向かったのだろうが、どうにもやるせなさが残る。
 気が殺がれるというか、何というか。
 田舎とは言え――いや、田舎だからこそ、コンビニの周りに人が集まってくるのだろうか?――多少の人通りはある。メカ丸は被っていたフードを殊更深く被り直した。一般人に騒がれては面倒だし、今後の仕事にだって差し障る。ああ、さっさと名前が帰ってくればいいのに。


 数分と経たずして、名前はメカ丸の元へ戻ってきた。提げられたレジ袋にはいくつかの熱源反応があり、メカ丸は暫し呆れた。食いしん坊か。その上、歩いてくる途中で我慢が出来なかったのか、既に一つ目の肉饅を――メカ丸の記憶が確かであれば、DXチャーシューまんを食べている。飽きもせずそればかり食べるので、いい加減メカ丸の方が覚えてしまっていた。
 メカ丸の視線を受けてだろう、名前は口元にあった肉饅をごくんと飲み込むと、「食べる?」と小首を傾げてみせた。
「要らン」
「そっか!」
「あと名前、声がうるさイ」
「そう? ごめんね!?」
 メカ丸が再度「うるさイ」と口にしても、彼女はどこ吹く風だ。
 残念だなあ、などとのたまう名前の眉は下がりきっており、彼女の本心からの言葉なのだろうことは見て取れた。しかしながら、今のメカ丸が食事ができないことなど百も承知の筈だ。メカ丸の本体はずっと遠くにあるし、そもそも肉饅などという消化の悪いものは食べられない。
 彼女の言葉には、少しの嫌味も無い。ますますメカ丸は内心で溜息をついた。
 名前はレジ袋から新たな肉饅を取り出し、そのまま齧り付いた。赤外線を搭載したメカ丸の目からは、その肉饅が未だ到底人が食べられる熱さでないことは見て取れたし、実際間違っていない筈だった。とっくに許容温度を超えている名前の指先は、微かに赤く腫れている。後で火傷に効く薬を出してやらなければとメカ丸は嘆息した。
 ――名字名前は、もはや物体の温度を感じることが出来ない。

 もっとも、それは正確には間違いだ。彼女は物の温度はおろか、手触りも、痛みすらも微かにしか感じることができないし、メカ丸の見立てが正しければ味覚と嗅覚は既に死んでいる。同じものばかり食べるのもそのせいだ。視力だって日に日に落ちているようだし、聴覚も鈍くなっているのだろう、近頃ではやたらめったら大きな声を出すようになった。どれもこれも、彼女の使う術式の反作用によるものだった。
 名前は元々平凡な家の出だ。呪術師として大成しても、せいぜい二級止まりが良い所。そんな中、界隈の逆風や家の建て直しを図るべく、一族中の期待を一心に集められ、育てられたのが名前だった。名前の使う術式は理論こそごくごく単純なものだったが、肉体への反動が殊更に大きい――所謂、禁忌とされるものだった。沢山の人を助けたいからと名前は笑って口にするが、その実体は人身御供であり、メカ丸からしてみればクソ食らえだと思う。
 ――呪術師なんて辞めて、普通の高校生になれば良いのに。
 天与呪縛を受けているメカ丸と違い、彼女にはそうした道を選ぶことができた。しかしながら、メカ丸は自ら禁術へ身を差し出した名前がそうしないことを知っているし、名前だってメカ丸が何を言ったところで聞き入れたりはしない筈だ。

 月明かりの下で、文字通り味の違いなんて解らない同級生が肉饅を頬張っている様を眺めているというのは――本来ならばこうして月の光に晒されることすらできないのに――あまり気持ちの良いものではなかった。しかし、メカ丸はこうして名前と二人で任務に就く時間が好きだった。名前とその土地の名物を探すのも、泥水を跳ねさせながら二人で歩くのも、こうして月明かりの下で肉饅を食べるのも、何もかも。
 本当に、こいつが呪術師なんて辞めてしまえば良いのに。
「名前」
「なに?」
「それ、やっぱり俺にも後でくレ」
 メカ丸が名前の持つレジ袋を顎で指し示すと、彼女は一瞬ぽかんとした顔をしたが、やがて「いいよ!」と嬉しそうに笑った。名前が呪術師なんて辞めてしまえば、彼女もこうして二人で居る何でもない時間を楽しんでいるんじゃないか、なんて、そんな莫迦げたことを考えたりもしなくなる筈なのに。

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