図書室に現れた彼の話

 マグルのプライマリースクールと同じように、ホグワーツにも図書室があった。幾千冊もの蔵書が収まるその空間は少々埃くさく、生徒の内の大半は、レポートにほんの些細なスパイスを加える為だとか、親しい友達との密談の場として使う為に訪れる。要は、九月の内から図書室に入り浸るような人間は、相当な本の虫だということだ。
 リリーは決して読書家だというわけではなかったが、他の一年生に比べると、足繁く図書室に通っていた。本自体への興味も勿論だが、マグル生まれのリリーには、自分は魔法界についての物事をよく知らないという負い目があった。彼女は本を読むことで、相応の知識を得ようとしていたのだ。

 『マグル生まれ』であることに対して差別があることも、リリーは本から学んだ。もっとも、それ以前から肌で感じてはいた。リリーは聡い。自分を見る目が必ずしも友好的ではないということを、自然と感じ取っていたのだ。
 この時も、道を塞ぎニヤニヤとリリーの反応を待っている彼らを前にして、リリーは何も言えなかった。いや、何も言わなかった。相手はスリザリン生で上級生で、別にその事で怯んでいるわけではないが、関わり合いになりたくない。わざわざ相手をしたくない。
 スリザリン寮生だからといって決め付けてかかりたくはないが、リリーの中で、彼らの株は下がる一方だ。
 マグル生まれだの純血だの、彼らがどうしてそこまで血統を気にするのかは解らない。納得できないのだ。統計的に混血の魔法使いが劣っているというならば、まあ、解らなくもないかもしれないが、マグル生まれでも立派な魔法使いは数多く存在している。それに今現在、リリーは自分が周りの同級生に特別劣っているとは思わない。魔法界の知識が足りないという点以外は。しかし十一歳にして「そういう血に拘る人達も居るのだ」ということは理解していた。
 ――なんて面倒くさい。
 目の前で人を笑い者にしている彼らを眺めながら、リリーは内心で嘆息した。癪に障るが、このまま引き返そう。いつもそうしてきたのだ。マグル生まれを馬鹿にする彼らに何も言い返さず、引き返すということは、つまり劣っているのだと自分自身で認めてしまうことになる。やはり、癪に障る。
 何も言わずに引き返そう、そう思ったリリーの歩みが止まったのは、そこに名前・名字が現れたからだった。

「やあやあ。いきなりだけど君、ミス・エバンズだよね?」
 凍った空気を物ともせずやってきた名前は、にこにことリリーに問い掛けた。口調は疑問形だったが、彼は殆ど確信を持ってそう尋ねていた。今までのホグワーツ生活の中で、リリーと名前の接点は皆無に等しかった。その為、リリーは彼が自分の名を覚えていたことに驚く。そして同時に疑問も湧く。名前は一体何の用だろう?
「え、ええ、そうよ」
「良かった! 呪文学で解らないところがあるのだけど、もし良ければ教えてくれまいか。フリットウィック教授が、クラスで君が一番よくできると言うのだよ」
 リリーはちょっと顔を赤らめた。こんなに率直に人を褒める人はあまり居ない。
 頷くと、再び名前は「良かった!」と言った。
「そういうことだから、ミスター、彼女は僕が借りていくよ。見たところ、あまり忙しいようには思えないのでね」
 リリーはギョッとした。名前は何の物怖じもせず、スリザリンの上級生たちにそう話し掛けたのだ。グリフィンドールとスリザリンの仲が悪いことは、リリーだって知っている。
 彼が酷い目に遭うんじゃないか、リリーはそう危惧したのだが、杞憂だった。
「ああ、構わないとも」
 白金色の髪をした青年は、そう言ってぎこちない笑みを浮かべた。明らかに作り笑いだった。しかし、名前は気にしなかった。むしろ気付いてもいなかったようだ。彼は三度目の「良かった!」を言って、それからリリーの手を引いて歩き出した。
 リリーは別に、自分の生まれについてどうこう言われようと、一向に気にならなかった。どんな生まれかより、どう育ったかの方が大事だ。彼らはそれはそれは良い生まれをしているのだろうけど、人を陥れることを良しとしているようでは駄目だ。マグル生まれのリリーの方が人として出来ているなんて、火を見るよりも明らかだ。
 自分の手を引く少年を見ながら、リリーは小さく笑った。名前は自分が少女を危機から救いだしただなんて、全く気付いていないのだろう。そう思うとおかしかったし、そして嬉しかった。名前はリリーが求めるものを持っているような気がした。彼と友達になりたい、リリーはそう思った。まずは、一緒に呪文学のレポートを書くことから始めようか。


「ルシウス、なんであいつらを行かせたんだ?」
 ルシウスと呼ばれた青年は、少しの間を置いてからぽつりと言った。
「伯爵なんだよ」彼の顔は苦々しげに歪んでいる。「……名字伯爵の息子なんだ、彼は」


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