映画鑑賞

 “こづえくん”だと思ってたけど、君、ほんとは“いたどりくん”っていうんだねえ。
 読み辛い名字だということは昔から解っていたが、そうもあけすけに言われてしまうと、流石の悠仁も呆れよりも先に苛立ちが募った。どれだけ難しい読み方だろうと、人の名前を間違えるのは失礼なんじゃなかろうか。

 しかしながら、不思議なことに、彼女――名字名前と悠仁は友好的な関係を築いていた。高専二年生の彼女は、呪いののの字も知らなかった悠仁に対し、親身になって世話を焼いてくれた。寮での生活に始まり、呪力を扱うコツなんかも教えてくれた。宿儺を宿していることを知ると大抵の人間は嫌がったが、名前はそんな気配を微塵も感じさせなかった。悠仁は名前に懐いたし、それは至極当然の結果だった。その筈だ。
「――どう? 虎杖くん、高専は慣れた?」
「んん……ボチボチっすね」
 名前は悠仁の返答を聞き、ぼちぼちかあ……と呟いた。笑っているようにも聞こえるそれに、悠仁も意味も無く笑いたくなってしまう。
 彼女はもう、悠仁のことをこづえくんとは呼ばない。悠仁と名前は友達になったし、元々悪意があったわけではないから尚更だ。


 悠仁が蘇生したことは、未だ外部に秘密にされていた。五条曰く、その方が都合が良いことが多々あるのだという。かなりふわふわした説明だったが、悠仁としても再会した時の伏黒達の反応が少しばかり楽しみだったことは事実だし、恩師というべき五条がその方が都合が良いと言うのだから、それに従うのは吝かではない。
 それでは何故、ここに名前が居て、且つ悠仁と共に映画を観ているのか。
 彼女は今、同じ意匠のぬいぐるみを胸に抱き、悠仁の隣に腰掛けてテレビ画面を眺めている。最近の映画はエンドロール一つとっても観客を飽きさせない工夫を凝らしたものが多いのだが、今観ているのは数十年前の映画であり、黒い背景にスタッフの名が流れていくだけだった。名前が話し掛けてきたのもその為だ。映画自体の内容も退屈極まりないもので、悠仁は何度クマに殴られそうになったか知れない――ドキドキハラハラする大ヒット映画より、面白くも何ともないB級映画の方が殴られる率が高いのは妙な話だった。しかし、恐らくそちらの方がより気が散ってしまうのだろう。隣に感じる体温だとか、そういうものに。
 壮大なだけの音楽が部屋に響き、白い文字列がゆっくりと流れていく。
 名前が得意とする呪術は、他者の能力を左右させるものらしい。彼女の術式により、修行の効率を上げるのが目的だそうだ。悠仁が伝聞形でしか語れないのは、偏に五条の説明が少しも理解できなかったからだ。高専に編入して一ヶ月も経っていない悠仁にとって、反転術式だの、生得領域だのと言われても、さっぱり意味が解らない。「まあ、筋トレした後の超回復を起こさせ易くするようなものだよ」と、これまた要領を得ない説明をされたが、悠仁はそれで納得することにした。一人で黙々と映画を観ているより、誰かと一緒に観た方が楽しいからだ。相手が名前なら尚更だ。
 ――それに二人きりで映画を観ていると、まるでデートしているみたいじゃないか。
 もっともデートなんてしたことがないし、更に言えば異性と映画を観たことすらないのだが。学長謹製の呪骸が小さく身じろぎをし、悠仁は慌てて呪力を流し込んだ。

 呪力コントロールの修行に名前が付き合う必要はないのだが、「私もどうせ暇だしさ」と笑っていた。付き合わせてしまって申し訳ないと思う反面、こうして隣に座っていられることに喜びを感じないではいられない。五条が学校を留守にしている間、彼女と共に映画を観るのが悠仁の日課となっていた。
 彼女が手にしているぬいぐるみは悠仁のものより数倍の呪力を必要とするらしいのだが、悠仁は名前の呪骸が動いているところを一度も見たことがなかった。
「そういえば、名字先輩は何で高専に?」
「私? どうして?」
 まさか先輩のことが知りたいからですなどとは言えず、「入学の時に学長に色々聞かれたんで、皆そうなのかなって思って」と心にもないことを並べ立てた。もっとも名前は別段気にしなかったようで、「うーん」と思い出すような素振りをした。「私、昔から呪いに好かれるのね」
「すぐ憑かれたりしてたわけ。そういう体質なんだって」
「へえ……。大変そうすね」
「まあね」
 すぐ肩とか重くなって大変だった、と名前は小さく笑ってみせた。
 呪術師の家系に生まれたからこういう体質なのかは解らないが、任務の時は便利なので悪いことばかりではない、と彼女は言った。曰く、寄ってくる呪いを祓っていればそれで済むから楽なのだと。「こうして虎杖くんとも仲良くなれたしね」
「……え」
「終わったね」
 名前が言った通り、いつしか映画は終わっていた。エンドロールは流れ切り、映画のメニュー画面を映している。

 立ち上がり、DVDを取り出した名前は、「次何観よっか」と問い掛けながら、振り返った先の悠仁が鼻血を流していることにひどく動揺したようだった。
「えっ……何、どうしたの?」
「いや、その、こいつのパンチ、ちょっと良いとこ入っちゃって……」
 袖口で押さえながら、ずずっと鼻を啜る。折角新しい制服を仕立てて貰ったというのに、この調子ではすぐにクリーニングに出さなければならないだろう。


 ――そんな、そんな馬鹿な話があるわけがない。確かに悠仁は、確かに名前が好きなのだ。色々と自分を気に掛けてくれた、優しい名前のことが。まさか宿儺が彼女に引き寄せられているから彼女を好きなのだなんて、そんな、そんな馬鹿な話が。
 どうだろうな、と、両面宿儺は笑っていた。

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