箒が苦手らしい彼の話

 ホグワーツでは一年次限定で飛行訓練が課されている。現在のイギリスにおいて、日用品と言っても差し支えのないほどに箒が普及しているからだ。乗れなくても困らないが、乗れるに越したことはない。代わりとなり得る移動手段としては姿現し術があるわけだが、失敗のリスクは箒よりも格段に高い。それに比べ、箒は購入しなければならないことがネックではあるが、安全だった。
 授業としては。授業としては、飛行訓練は生徒達からの人気も高く、一年生の誰しもが始まる日を待ち遠しく思うものだった――もちろん例外は居るが。

 ピーターは飛行訓練が嫌だった。嫌いだった。教室でただ杖を振り回しているだけならまだ良い。わざわざ人前で箒に乗るだなんて。そんなもの、「僕は箒に乗ることすらできませんよ」と声をソノーラスにして喋り歩いているようなものではないか。
 ジェームズを筆頭に、シリウスもリーマスも、当たり前のように箒を乗りこなしていた。四人の中で乗れないのはピーターだけだ。それだけならまだ良いのだ。せいぜい、シリウスがニヤニヤするのをただ笑って受け流せばいい。自分が人と比べて(特に、彼らと比べて)劣っているのは知っている。慣れている。ただ、箒に乗れないのがクラスの中で一人だけになると苦痛だった。箒なんて廃れてしまえばいいのに。
 絨毯はいいよな、座っているだけなのだもの。
 実際、箒だって座っていればいいだけなのだが、ピーターはその事実に目をつぶっていた。むしろ、柄を掴んでいれられる分、箒の方がよっぽど楽かもしれないのだが。

 飛行訓練が始まり、一ヶ月が経過した。まともに箒に乗れないのはもちろんピーター一人で、ついに補習が行われることになった。
 金曜の放課後、ピーターはとぼとぼと校庭へ向かう。まるで自分の心をそのまま映したかのような曇り空だった。ついてない。

 先客がいた。同じグリフィンドールの一年生の、名前だ。名前・名字。
 同級生だというのに、ピーターは彼とはあまり関わったことがなかった。それもその筈で、シリウスが名前を毛嫌いしているからだ。理由は知らない。なんでも、ホグワーツ特急で一悶着あったとかどうとか。何にせよ、ピーターはジェームズやシリウス達と一緒に馬鹿をやれればそれで良かったので、名前と積極的に関わろうと思ったことはない。
 それにも拘わらず、名前はピーターに気付くと、嬉しそうにブンブンと手を振り回した。
 話を聞いてみれば、なんと名前も補習らしい。飛行訓練の。彼の手にはピーターと同じく箒が握られていて、「実は一度も授業に出たことがないのだよ」と言って笑った。ピーターは驚き聞き返したが、彼から返ってきたのは箒には一度も乗ったことがないのだという、なんとも的外れな返事だった。会話が噛み合っていない。聞きたいのはそういうことじゃない。
「後で教授が来てくれるのだけども、もしよければ基本的なことを教えてはくれまいか」
 ピーターがぽかんとすると、名前は再び笑ってみせた。

 名前が飛行訓練に一度も出席したことがないというのはどうやら本当だったらしく、遅れてやってきた教師は彼に箒の正しい握り方から教えていた。その横でピーターは上手く飛ぶ練習をしていたのだが、どうも名前は箒に向いていないらしい。――僕よりも。ピーターは驚き、そして半ば呆れた。自分でさえ地面から十センチは浮くのに、彼の足は一時間経っても一向に離れる気配がないのだ。箒訓練の教師は、少しはペティグリューを見習いなさいと名前を叱った。
 補習が終わった後、ピーターと名前は並んで城を目指した。二回目は追って知らせるとのことだ。何にせよ、ピーターは次で卒業できそうだ。
「別に、箒なんて乗れなくとも不都合はないと思うのだけど」名前がぶつぶつ言った。「箒に跨っているより、空飛ぶ絨毯に座っている方がよっぽど恰好が良いというものだよ。ねえ、そう思わないかい?」
 名前の意見はピーターが常日頃思っていることと同じで、ピーターはたまらず噴き出してしまった。

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