世界で一人だけの女の子

「あのねえ、名前、おとなになったらギーマくんとケッコンするね」
 にこにこと笑っている名前を前に、ギーマはぱちくりと目を瞬かせた。
「結婚? 私とかい?」
「うん」
 ギーマに宣言しただけで満足してしまったのか、名前は元のおえかきに戻っていた。ぐりぐりと塗り広げられていく蝋は紫色だ。描いているのはチョロネコだろうか。それともレパルダス?
「なあ、名前は結婚がどういう意味なのか知ってるのか?」
「ケッコンしてパパとママになるんでしょ。名前しってるよ。名前ギーマくん好きだもん、だからケッコンするんだもん」
「……へぇ」
 ギーマは、自分でも知らず知らずの内にぽつりと呟いていた。「それじゃ、浮気はできないなあ」

 名前はギーマの姪だ。姉の娘だが、一回りほどしか離れていないせいか、ギーマにとっては姪というより少し歳の離れた妹のような存在だった。
 姉と義兄が留守の間、彼女がギーマの家に預けられるのは至極当然の流れだった。今ではギーマが遊んでいたトランプやゲーム機の他に、名前が使うクレヨンや、ぬいぐるみ等の割合が増えている。
 ――別に、私はロリコンじゃないんだけどな。
 そんな事を思いつつも、姪の率直な言葉に嬉しくなってしまったのは事実だった。
「いいぜ、しようか、結婚」
「……? ギーマくんなんかゆった?」
「いや?」ギーマは笑った。「名前は絵が上手だな。将来画家になれるかもしれないぜ。かっこいいレパルダスだ」
「ううん、コジョンドだよ」
「……そうか」



 それから十数年の月日が流れた。元より負けん気が強かったギーマはトレーナーに向いていたのだろう、いつしかポケモンバトルにのめりこみ、果ては四天王という地位まで手にしていた。一方の名前はというと、ジム巡りの旅に出てバッジこそ集めたものの、あまりバトルに関心がないらしかった。ギーマがパートナーにと贈ったチョロネコも結局進化せず、そのままの姿を保っている。
 隣を歩く名前が言った。「ふふ、ありがとう。ギーマ叔父さんのおかげで助かっちゃった」
「おじさんはやめてくれよ。これでも結構傷付くんだぜ」
「でも、叔父さんは叔父さんでしょう?」
「それはそうだが」
 くすくすと笑っている名前。「あのね、皆羨ましがるのよ。四天王のギーマと知り合いだなんて、って」
「それに、こんなに格好良い人を独り占め出来るんだもの。ほんと、ママの娘に生まれて良かったって思うわ」
「……そう」
 ずっと昔、名前はあくタイプ使いになりたいと言っていたことがある。ギーマとお揃いになれるからと。実際にはあくタイプ使いにこそならなかったものの、今の彼女は間違いなく小悪魔だ。
 本当なら、今日だってギーマには予定があった。しかし“買い物に付き合って欲しいな”などと可愛くおねだりされてしまっては、もはや逆らう余地がない。
「ギーマ叔父さんはセンスが良いもの。それに友達とだと、なかなか決まらないことが多くって」
「クレープも奢ってもらえるし?」
「そうそう」名前は笑った。

「――彼氏へのプレゼントかい?」
 ギーマが尋ねると、名前はきょとんとしてから「そうよ」と少しだけ恥ずかしそうに笑った。「ギーマくんが手伝ってくれたから凄く良いのを選べたわ。彼も気に入ってくれると思う」
「なんだよ妬けちゃうね。昔はギーマくんと結婚する、なんて言ってたのに」
「ウソ、私そんなこと言ったの? 四天王と結婚するだなんて、随分強気ねえ……」
「本当だ。そして私はオーケーした」
「……どこまで本当なんだか解らなくなってきたわ」名前は少しだけ眉を寄せた。「けど、私がそう言ってたのは本当なんでしょうね。叔父さんのことは昔から好きだったし……」
「あ、ねえヒウンアイスだわ。並びましょうよ」
「君、さっきクレープ食べたろう」
「いいじゃない、行きましょうよ」
 ギーマは苦笑したが、するりと手を握られてしまえば、頷くことしかできなくなってしまう。世界でたった一人の姪を甘やかしたくなるのは当然だし、そこには何の邪心も無い――その筈だ。

 手を引かれるまま、ギーマは歩く。繋がれた手を指を絡めるように握れば、名前は少しだけくすぐったそうに笑った。
「こうしていると、私達、他の人からはどう見られるのかしら。カップルに見えるかしらね」
「夫婦の間違いだろ」ギーマが言った。「ところで、名前、再来月成人だったよな?」
「そうよ。叔父さんよく覚えてるのね」
「そりゃ、世界一可愛い姪っ子のことだぜ、覚えてるに決まってるさ。私もお祝いしに行くよ。プレゼント、期待しててくれよな」

[ 27/832 ]

[*prev] [next#]
[モドル]
[しおりを挟む]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -