この日、名前はまたもやクチナシとのバトルに負けた。
 進化したペルシアンに代わり、クチナシが繰り出したのはヤミラミというポケモンだった。名前は初めて見るポケモンだったが、彼はあくタイプのエキスパートなので、てっきりあくタイプのポケモンだろうと思ったのだ。しかし、名前のヤンチャムの攻撃はすべてヤミラミには通じなかった。ヤミラミはあくタイプではなく、ゴーストタイプなのだ。
 その事に気付いた時には時既に遅く、名前の焦りようが伝わってしまったのだろう、名前のニャースもヤミラミに太刀打ちできず、結局負けてしまった。ちなみに、ヤミラミはゴーストタイプとあくタイプの二つを持っているポケモンなのだそうだ。

「はあ……」
 とぼとぼと16番道路を歩く。ポケモン達は皆元気になったが、名前はすっかり落ち込んでいた。クチナシに挑み始めてから、既にかなりの月日が経っていた。名前だってトレーナーとしての実力はつけている筈なのに、大試練を達成するどころか、バトルの度にクチナシとの差が開いているような気がしてならない。彼に勝とうと意気込めば意気込むほど、クチナシのトレーナーとしての実力をまざまざと感じてしまうのだ。今日はいつも以上にひどい負け方をしてしまったので尚更だ。
 最初は、島巡りをこなし、早く一人前になりたいという一心だった。しかし、今ではクチナシに早く認められたいと、そう思うようになっていた。
 ――いくらヤミラミが初めて見たポケモンだからといって、もっとやりようはあった筈なのに。
 名前はもう一度溜息をついた。名前を元気付けようとしているのだろう、モンスターボールがかたかたと小刻みに揺れる。今日こそはと、そう思っていたのは、名前だけではないらしい。「あれ、名前ちゃん?」

 振り返った先に居たのは、見知った顔の女の子だ。アセロラ――エーテルハウスに住んでいる女の子で、歳こそ違うものの、名前の昔からの友達の一人だった。名前より一足先に島巡りを始めたアセロラは、既に全ての島を回り終え、四つの大試練をクリアしていた。彼女には、ポケモントレーナーとしての才能があったのだ。この頃では、ウラウラ島の次期キャプテンは彼女だろうと島民に噂されている。
「元気ないね、何かあったの?」アセロラはそう尋ねながらも、「また大試練に挑戦してたの?」と首をかしげてみせた。どうやら何でもお見通しのようだ。
「うん……」
「そっかあ……」
 残念そうに呟くアセロラに、名前は少しだけ笑った。がっかりするのは名前であって、彼女ではない筈なのに。「それじゃあ、名前ちゃん、アセロラとバトルしよっか!」
「――えっ?」


 アセロラと向かい合い、互いにボールを投げる。名前はニャース、アセロラはフワンテだ。確か、ゴーストとひこうタイプのポケモン――。
「ニャース、かみつく!」
「フワンテよけて! それからおどろかすだよ!」
 フワンテはその身の軽さを生かし、ニャースの攻撃をふわりとかわそうとしたものの、素早さが勝っているのだろう、ニャースのかみつくは外れなかった。ゴーストタイプのフワンテに対し、あくタイプのかみつくは効果抜群だ。フワンテは痛そうな鳴き声を上げる。
「ニャース、もう一度かみつく――!」

 ニャースをボールに戻す。同じようにフワンテを――気を失ったフワンテをボールに戻したアセロラは、「名前ちゃん強いねー」とふにゃふにゃ笑った。
「そんな事ないよ。ニャースとフワンテとじゃ、ニャースの方が相性が有利だもん。当然だよ」
「そうかな? アセロラは、それだけじゃないと思うけどな」
 アセロラがぽつりと呟いた言葉の意味は、名前にはいまいちよく解らなかった。仮に名前が強いトレーナーだったなら、既にクチナシに勝てている筈なのだ。現に、アセロラはあくタイプ使いであるクチナシを倒し、四つの島を回ってみせたではないか。彼女が好んでいるのはゴーストタイプのポケモンで、あくタイプとは相性が悪い筈なのに。近頃、エーテルハウスに多くの寄付金が寄せられているのだって、全てアセロラの功績によるものだ。
 クチナシとの無惨なバトルを思い出してしまい、名前は再び暗い気持ちになる。
「そんなに落ち込まないで。名前ちゃんなら絶対大丈夫、アセロラも応援するよ!」
「うん、ありがとう……」
「――そうだ、名前ちゃん、こういうのは使ったことある?」



 アセロラは名前の姿が赤い花々に呑まれてしまうまで、ずっとその後姿を見送っていた。
 ポケモンセンターで体力を回復してもらったし、アセロラが渡したオボンの実も、間違いなくニャースに持たせた。準備は万端だ。後はクチナシがバトルをしてくれるかどうかだが、そちらはあまり心配する必要も無いだろう。根が生真面目な男だから、二度目だろうと十度目だろうと、クチナシは大試練を受けさせてくれる筈だ。例えクチナシ本人が、どれだけ辟易していようとも。

 思うに、名前は既に大試練を達成できる実力を持っていた。彼女とバトルをしたのは初めてだったが、アセロラのポケモンを簡単に倒してしまえる彼女が、大試練をこなせない筈がない。
 確かに名前が言った通り、タイプの相性もある。それにアセロラが捕まえたばかりのフワンテでなく、フェアリータイプも持つミミッキュや、連れているポケモンの中で一番レベルの高いシロデスナを出していれば、当然結果は変わっていただろう。しかしそれは、名前に実力が無いということでは決してない。
「クチナシおじさんも、仕方ないんだから……」
 アセロラには、クチナシの真意は解らなかった。しかし、近頃の名前は見ていられない。
 前のしまキングが居なくなり、不貞腐れていた名前は、クチナシに背中を押され島巡りに出たことで、また以前のような明るさを取り戻していた。それがどうだ、クチナシに負け続けている名前は、昔に逆戻りしている。
 確かにアセロラだって、このまま名前がしまキングに勝てなければ島を出る事無くずっと一緒にいられると、そんな事を考えたことはある。しかし名前はアセロラの友達で、だからこそ、彼女の喜ぶ姿が見たいと思うのだ。

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