重大秘密を暴露した彼の話

「僕は吸血鬼なのだよ」名前・名字が、唐突にそう言った。
 セブルスは眉を寄せ、彼の方を見た。名前は別段こちらを向いているわけでなく、ぼんやりと窓の外を眺めているだけだった。セブルスはそれに訳もなく苛立ち、鼻をひくひくさせた。今一体、こいつ、何て言った?

 元から特に話した事があるわけじゃなかったし、むしろ名前を知ったのも今日が初めてだ。ホグワーツ特急で少しの間だけ同じコンパートメントに居たが、それだけだ。彼が自分に話し掛けるだろうとは思わなかったので、名前が先程口を開いた時、最初誰に言っているのかと訝しんだくらいだった。
 医務室にやってきた二人組を、マダム・ポンフリーは最初不可解な表情で出迎えたが、セブルスの手から血が流れているのを見るやいなや、さっとセブルスの手を取り、すぐに治療を施した。おかげでもう右手の血は止まっているし、痛みも無い。マダムは今、傷跡を綺麗に消し去る為の薬を探していた。
 セブルスはふと、名前がゴブレットを持って、その中に入っている液体をちびりちびりと飲んでいる事に気が付いた。ノコギリソウで怪我をしたのはセブルスだけだ。名前は全くの無傷だったし、強引にではあるもののセブルスを医務室まで連れてきた、いわば付添だ。しかしながら紅茶を飲んでいるようにも見えない。
 名前がセブルスの方へと顔を向けた。さっぱりと切り揃えられている絹糸のような飴色の髪の毛が、さらりと流れるようにして揺れた。セブルスには到底真似できない芸当だった。

 セブルスが聞き返す間もなく、名前は勝手に喋り始めた。
「そう、君も知ってると思うけど、吸血鬼っていうのは大抵は異性の血を飲むんだ。けど此処に来てからいっつも空腹状態でね。いやなに、一滴も血を飲んでなくてね。もう少し遅かったら、君、危なかったかもしれないね、ミスター。僕は腹ぺこで、目の前でそんな美味しそうな物が文字通り垂れ流しだったから……だからすぐに塞いで貰ったんだよ、マダムにね――無理やりに連れてきて悪かったね。抱えられてて苦しかったりしなかった?」
 言われてみれば。確かに彼が纏っている雰囲気が、先程とは一変していた。セブルスは本能的にそれが解っていた。もっとも、それは違和感として感じていたものだ。今の名前にはそれが無いし、彼の目ももはやギラギラした光を宿してはいなかった。
「……それじゃ、今お前が飲んでるその赤いのは」
「うん、血だね」
 あっさりと彼がそう言い放ったので、セブルスは勢いよく後ずさった。座っていた椅子がひっくり返りそうだった。そんな様子を見て、名前・名字は少しだけ眉を下げ、おかしそうに小さく笑った。


「な、何でそんな大事そうな事を、僕に言うんだ!」
「何で? ……さあ、何故だろう?」
 きょとんとした名前が、さも不思議そうにそう言った。
「僕に聞くんじゃない!」セブルスが小さく叫んだ時、マダム・ポンフリーが薬を手にして戻ってきた。
 マダムがセブルスの右手に薬を塗り付けている間、名前はずっと手にしたゴブレットを回したり揺すったりしながら、ゆっくりとその赤い液体を飲んでいた。言われてみれば、だ。言われてみれば、ほんのりと鉄臭い香りが彼の方から漂ってきている。しかし知らなければそんな些細な事には気が付かなかったろうし、その鉄臭さがまさか血だとは思わなかっただろう。あの赤いものだって、トマトジュースか何かだと思う筈だ。
 セブルスは彼がゴブレットの中身を飲み干した後、口周りをぺろりと舐めているのを見てしまい、その時名前の舌が妙に真っ赤だった事も見てしまった。嫌なことを知った、と、怪我も治った筈なのにセブルスの顔は青くなった。
「僕がバラすとは思わないのか?」
「バラす?」医務室の扉を閉めながら、名前が聞き返した。「何をだい?」
 セブルスは、一瞬呆気にとられた。
「お前が……――吸血鬼だって事をだ!」
 そのまま勢いよく言ってしまいそうになって、セブルスは途中で声を殺してからそう叫んだが、名前は此方を見詰めるだけだった。彼の顔には、「それが何の問題が?」と書いてある。
「それが何の問題があるのだい?」心底不思議そうに、名前がそう言った。「だって僕が吸血鬼だという事は本当だもの。君が嘘を吐くわけでもなし……何の問題があるっていうんだい?」

 セブルスは暫くの間、無言だった。そして結局何も口を利かないまま、名前とは別れた。さきほど終業のベルが鳴っていたから、魔法薬学は終わってしまっている。地下牢教室には戻らず、そのまま寮へと向かうつもりだった。きっと、誰かがセブルスの荷物を持ってきてくれるに違いない。そうでなくとも、すぐにでもあの談話室の座り心地の良いソファにもたれ掛かりたかった。

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