くびながりゅうの唄

 ハウが覚えている彼女は、いつも唇をきつく噛み締めていた。


 名前が新しい内弟子として紹介されたのは、ハウがやっと七歳になった頃だった。
 ハウの祖父、ハラはメレメレ島のしまキングをしており、トレーナーとして彼に弟子入りを頼む者は大勢居た。しまキングはアローラ地方でも屈指の実力者だったし、そんな彼の下で修行を積むのは、トレーナーとしての実力をつける一番の近道だったからだ。また、島巡りのキャプテンはしまキングが選ぶことになっている為、ハラの推薦を得ようと彼の下に来る者も多かった。ハウが覚えている限り、内弟子が一人も居なかった時期というのは、今までに一度も無い。
 そんな中、ハウより一回り歳上の名前は、元から面倒見が良いこともあってか、ハウを実の弟のように可愛がってくれた。一緒にマラサダを食べたり、ハウオリシティまでのお使いに連れていってくれたり。一度、彼女のラプラスに乗せて貰ったことがあるのだが、段々と小さくなっていくテンカラットヒル、そして背後に感じる名前の暖かさに、胸が騒ぎ出したことを覚えている。当然ハウも名前に懐いたし、二人は実の姉弟のように過ごした。
 彼女が本当はみずタイプよりでんきタイプが好きなのだと知ったのは、名前と出会って二年の月日が経った頃だった。

 その日、メレメレ島の新しいキャプテンが選ばれた。イリマという十三歳の少年で、ハウオリシティに住んでいるらしい。歳は若いが、いくつもの大会で優勝しているような、優れたトレーナーなのだと。ハラは新しいキャプテンの事をわざわざハウに伝えることはなかったが、内弟子達の会話からハウはそれらの事を知った。――彼らは皆、ハラに選ばれなかったのだ。もちろん、名前も。
 島巡りにおいて、試練の数――もといキャプテンの数は七人と決まっている。他の島に既に六人のキャプテンが居たので、メレメレ島から次のキャプテンが選ばれるのは、イリマが引退した時に限られた。名前はその時十九歳で、二十歳以下と定められているキャプテンを再度目指すというのは厳しかった。
 新しいキャプテンが選ばれたことで、ハラの下を去ったのは名前だけではなかったし、それまでにも度々あった事だ。そして、きっとこれからも。

 決して多くない荷物をナップザックに詰め込んだ名前は、ハウが来ていたことに気付いたのか、「なに?」といつものように笑ってみせた。しかし、その笑顔はハウの見慣れたそれではなく、どこか冷え冷えとしている。
「名前も出ていっちゃうの?」
「……そうだね」名前は少しだけ苦笑を浮かべ、「私が居なくてもちゃんとニンジン食べられるよね」とからかうように言った。
「おれ、もうちゃんと食べれるよ」
 ハウが憤然とした面持ちで口にすると、名前はますますおかしそうに笑った。いつも通りの名前の笑み。「あのさ、ハウは」

 彼女の言葉の続きは何だったのか、ハウには解らない。結局、ハウは名前を見送ってしまった。何の言葉もかけることもなく、ただ見送ってしまったのだ。行かないで。おれと一緒に居て。また会いにきて。どうか元気で。何一つとして言葉に出来なかった。


 それから二年の月日が流れた。ハウは十一歳になり、島巡りの旅に出た。名前に憧れてゲットしたピチューは、アーカラ島を巡っている時ライチュウへと進化した。気に入っていたサンダルはぼろぼろになったし、虫刺されや野宿も平気になった。
 大切な仲間や、かけがえのない友達と出会う切っ掛けとなった島巡りは、ハウにとって良いものだった筈だし、漠然と抱えていた不安にも答えが見付かった気がした。
 ポケモンバトルは、楽しい。
「キャプテンになれなかったんじゃなくてー、新しいなにかになってよー!」
 そう声に出した時、ハウ自身、漸くあの時言いたかった言葉を探し当てた気がした。名前に言いたかった言葉を。

 メレメレ島に帰ってきたハウは、実家への挨拶もそこそこに、ハウオリシティの北、2番道路へと向かった。ビッグウェーブビーチ。そこで、名前は働いていた。
 名前がサーフ協会に勤めていることは知っていたが、ハウはこの二年間、一度も名前に会いに行かなかった。会わないようにしていたのだ。キャプテンになるべく必死だった名前からすれば、しまキングの孫であるハウは少なからず憎らしく映っただろう。仮に名前がそう思わなくとも――実際、名前がそんな風に思ったりする筈もなかったが――彼女に邪険にされた時、普段通りに振舞える自信は無かった。アーカラ島へ渡る時も、彼女に会うことがなくて内心ホッとした。
 数年前に出来たビーチは、今なおマンタインサーフを楽しむ人々で賑わっていた。ポケモンライドはまだあまり一般的ではないらしく、遠くカントーやイッシュ、カロスなど、このマンタインライドをする為だけにアローラへ旅行に来る観光客も少なくないそうだ。
 ライチュウとともに浜辺を歩きながら、彼女の姿を探す。故郷の海だけあって、ライチュウもどこか楽しそうだ。

 ――波打ち際に、一頭のラプラスが居た。ハウを乗せて、海を渡ってくれたラプラス。
一つのタイプを極めた方がキャプテンに選ばれ易いからとゲットされた、名前のラプラス。
 ラプラスの方もハウに気付いたようで、手を伸ばせばそっと頭を摺り寄せた。どうやら覚えていてくれたらしい。「……ハウ?」

 覚えている姿よりずっと日に焼けた名前は、立っているのがハウだと解ると、「大きくなったね」と笑った。彼女の顔に陰りは無く、その唇も綺麗なままだ。
 ハウは漸く、あの日言いたかった言葉を口にすることができた。名前は名前でいてくれれば、それだけでおれは嬉しいのだと。

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