BEAUTY

 男は少しばかり眉を顰めた。「まだ起きていたのか?」

 椅子に腰掛けていた女は、その男の妻だった。女は首だけで男の方を振り返る。その腕には生まれたばかりの赤ん坊が抱かれていて、男は少しだけ胸の内がむず痒くなるような心地だった。
「この子がね、やっと寝付いたところなの」
「そりゃ、悪かったな」
 家の中の事なら兎も角、子供の世話に関してはまったくの門外漢だった。しかしながら、それは女にとっても同じだろう。互いに初めて授かった子だ。誰しも生まれた時から親ではない。
 誰に似たのかしら、この子ったら落ち着きがないのよ。女の言葉に、男は聞かなかったふりをした。

 男は改めて、妻の腕に抱かれている自分の子どもを見下ろした。始めの頃は、人間というよりもむしろポケモンに見えた。しわくちゃだし、目も開いていないし。しかし数ヶ月もすると、確かに自分の子のような気がしてきた。初めて笑った顔を見た時の、あの感動といったら。確かにこの子どもは自分の子なのだ。自分と、そして愛する妻との。
「貴方に似た子に育つといいわ。きっと優しい子に育つもの」
「嫌だぜ」
 男がそう即答すると、女は静かに笑った。彼はずっと思っていたのだ、どうせなら妻に似て欲しいと。それなら、きっと――。「この子はどんな子に育つかしら」
「人やポケモンを労われるような、優しい子に育って欲しいわ。強い雨にも負けないような、逞しい子に育って欲しいわ。貴方や私のような、大切な誰かを愛せる子に育って欲しいわ」
「……心配しなくても、きっとそうなるよ」
 男がそう言うと、彼女は笑った。

 あどけない顔ですやすやと眠っている。男は一瞬子どもに手を伸ばしたが、その柔らかな頬に触れる直前動きを止め、結局下ろしてしまった。もしも傷付けてしまったらと思うと、たちどころに怖くなる。怖いものなど無い筈だったのに。彼女と出会って、この子が生まれて、恐ろしいものがどんどん増えてしまっている。
 男の様子を見てだろう、女はくすくすと笑った。
「……何だよ」男は仏頂面だ。
「いいえ? ただ、今、とっても幸せだと、そう思ったのよ」
 女は手の中で眠る我が子を見下ろす。「この子が居て、貴方が居る。それってとっても幸せなことだわ。私、いま完璧に幸せ」
「カンペキ、ねえ……」
「ふふ。……そうだわ。ねえ貴方、花言葉って知ってる――?」

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