05

 夕焼けの空には雷雲一つ見当たらず、稲妻が光るというのもおかしな話だったが、それは間違いなく雷だった。そして同時に、聞いたことのない、それでいて無性に懐かしさを覚えるような、そんな鳴き声が辺りに響き渡った。

 凄まじい勢いで現れた“それ”の風圧に、グズマは飛ばされた。カプ・コケコ――メレメレ島の守り神だ。
 グズマはカプを見たのは初めてだったが、その姿は知っていた。大きな黄色の外殻に、鶏冠のような飾り羽。どうしてカプが此処に居るのか、そして何故、自分達の前に現れたのか。
 カプが一声鳴き声を上げると、ヤングースの群れは怯んだようだった。しかしそれでもグズマ達への怒りは収まらないのか、ヤングースは威嚇を続ける。その時、カプの体にバチバチと電気が宿るのを、グズマは確かに目撃した。
 カプは一際甲高く鳴く。それと同時に、カプの体から火花が走り、一帯を強い電気が襲った。ほうでんだ。
 流石に、カプからの一撃は一溜まりもなかったのだろう、ヤングース達はギャッと怯えたような声を上げると、ほうぼうに逃げていった。そう、逃げていったのだ。

 グズマは、自分の体からふっと力が抜けたのを感じた。助かった。
 何故カプ・コケコが現れたのか――そして何故、グズマ達を助けてくれたのか。カプ・コケコは暫く二人を見下ろしていたが、やがて雄叫びのような鳴き声を上げると、現れた時と同じように雷鳴と共に去っていった。
「……くそ、何だってんだ」
 守り神。土地神と崇められるカプだから、メレメレ島の人間であるグズマ達を助けてくれたのだろうか。それとも、単に憂さ晴らしがしたいだけだったのだろうか。何一つとして解らなかったが、少なくとも、一つだけはっきり解ることがあった。もう、走らなくて良いということだ。

「グズマ、あれ、何だろ」
「あ?」
 名前が指差した先に、白く光る何かが落ちていた。グズマは立ち上がり、それを拾い上げる。「……んだこりゃ、石か?」
 グズマが拾ったそれは、重さも手触りも石のそれなのに、ちかちかと光り輝き、暖かさすら感じる不思議な物体だった。表面にある模様も見慣れない。もしかするとポケモンの体の一部とか、そういうものかもしれない。ヤングースが居なくなって漸く彼女も安心したのだろう、ゆっくりと立ち上がった名前も、グズマが拾った石を見て首を傾げた。慌てた様子の大人達が駆け寄ってきたのは、その時だった。


 それから、グズマ達はこっぴどく叱られた。勝手に祭りを抜け出したことではなく、草むらに入り、あまつさえ野生のポケモンを怒らせたことがその理由だった。ポケモンは人間を助けてくれる存在だけれど、同時に危害を及ぼすこともあるのだと。彼らはカプ・コケコの鳴き声を聞き、名前のアブリーの案内の元、グズマ達の元までやってきたのだそうだ。結局、今年のゼンリョク祭りは有耶無耶なまま幕を閉じた。
 祭りが終わった後、グズマと名前は名前の母親に連れられて2番道路に戻った。名前の母親はグズマ達を叱りこそしたが、それ以上に二人が無事だったことを喜んだ。愛娘が怪我を負ったことはあまり問題ではないらしい。しかし、グズマの両親はそうは行かなかった。「――何をやってるんだグズマ!」

 父親の本気の怒声に、思わずグズマは竦み上がった。「お前は、自分が何をしたのか解っているのか!」
「お前だけじゃない、名前ちゃんまで巻き込んで!」
「あ、あなた、何もそんなに怒鳴らなくても……」
「お前は黙っていろ!」
 彼はそれからもグズマの軽率な行動について喚いていたが、グズマが立ち上がると、「グズマ!」と一際大きな声を出した。まだ話は終わっていないぞ――そう怒鳴る父親から背を向け、グズマは家を出た。


 別に、どこに行く宛があるわけではなかった。説教を五月蝿いと思っていたわけでもなかった。父親が言うことはもっともだし――例え普段父親らしい顔をしない、居るのか居ないのかすら解らないような男だったとしても――グズマ自身そう思っていたのだ。軽率だった。
 ただ、グズマだって思ったのだ。自分でポケモンを捕まえたいと。
 周りに他の気配が無いことが解ったのだろう、ボールから出てきたコソクムシは、心配そうにグズマを見上げていた。グズマはそんなコソクムシをちらりと見返したが、結局何も言わず、黙って歩き続けた。

 モーテルの奥、坂道を下った先に、小さな浜辺がある。浜と言っても、ポケモンすら棲んでいないようなごく小さなものだ。モーテルから零れ出る明かりと、月明かりのおかげで、歩くのに困ることはなかった。グズマは暫く暗い海を眺めていたが、やがて浜辺に座り込んだ。
 どのくらいの時間が経ったのか。いつの間にか、隣には名前が座っていた。「ごめんね」と、名前が言った。
「……何で、お前が謝んだよ」
「ん、なんとなく」
 単にグズマと同じように家に居るのが億劫になったのか、それとも、グズマを心配して浜辺までやってきたのか。相変わらず、能天気な名前の真意はいまいち掴めなかったが、グズマは少なくともそんな彼女を鬱陶しくは思わなかった。
 悪かったよと小さく呟くと、名前はもう一度「ん……」と言った。
「お前も……悪かったよ。ごめんな、コソクムシ」
 コソクムシは、小さく鳴き声を上げた。その普段通りの声に、むしろグズマの方が拍子抜けしてしまう。グズマは溜息を吐き、そして立ち上がった。手持ち無沙汰だったのだろう、砂で山を作っていた名前がグズマを見上げる。「おら、帰んぞ」

 グズマは砂山をそっと蹴り崩すと、名前と共にその場を後にした。

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