03
ほうぼうと好き勝手に伸びた雑草が、剥き出しの膝小僧に擦り傷を作っていく。
グズマと名前は、リリィタウンの入り口からほんの少しだけ離れた小さな草むらの中に居た。もちろん、好きでそこを選んだわけではなく、町から一番近く、戻りやすいからという理由で選んだのだ(大きい草むらの方がより多くの種類のポケモンが居る筈だし、グズマだって本当はもう少し下った先にある大きな草むらに行きたかった)。こっそり抜け出してきた手前、なるべく早く戻った方が都合が良い。しかしながら、リリィタウンに一番近い草むらは、リリィタウンからの音が一番届き易い草むらということでもある。
「……いねえな、ポケモン」グズマが小さく呟いた。
リリィタウンから流れてくる町民の笑い声や、祭りで流れる音楽。どうやら聞き慣れないそれらに警戒し、野生のポケモンは身を隠しているようだった。段々と日が暮れていく。グズマは小さく舌打ちをした。急がなければ、祭りが終わってしまう。「名前、もうちょい奥いくぞ」
「え?」
生返事を返す名前。どうやら既にポケモン探しに飽きていたのか、アブリーと遊んでいたらしい。グズマは文句を言ってやりたい気持ちを渾身の力で堪え、名前に歩み寄ると、その手を掴んで歩き出した。
どうせゲットするなら、ルガルガンに進化するイワンコだとか、ゾロアークに進化するゾロアだとか、そういった格好良いポケモンを捕まえたいと思っていたグズマだったが、もはや出てきさえすれば何でも良いとすら思い始めていた。コラッタでも、キャタピーでも、何でも。そのくらい、ポケモンが飛び出してこないのだ。
草むらはポケモンが飛び出してくるから勝手に入ってはいけない。そう教えられてきたというのに、これは一体どういう事なのか。しかし、グズマが苛々し始めた時だった。数メートル先の木の根元に、何か動くものが見えたのだ。
グズマは思わず足を止めた。いきなり止まると思わなかったのだろう、名前がグズマの背にぶつかる。「いたい」、と小さく呟く名前に、グズマは「静かにしろよ、あいつが逃げちまうだろ」とがなる。
「あいつ?」
名前は、グズマの言葉を繰り返した。
グズマが示した先に、一匹のポケモンが居た。どうやら地面に潜ろうとしていた最中だったらしく、少しばかり泥で汚れている。足の退化した白い体に、オレンジ色の大きな顎――ようちゅうポケモンのアゴジムシだ。
どうやらアゴジムシの方もグズマ達の存在に気付いたようで、じっと様子を伺っているようだった。視線を逸らさないようにしながら、注意深く一歩一歩近付く。グズマにとって、このアゴジムシは初めて出会った野生のポケモンだった。同時に、初めてバトルする野生ポケモンでもある。
グズマが手で合図すると、コソクムシがグズマの前に躍り出た。同じポケモンを前にしてだろう、野生のアゴジムシは静観するのをやめ、そのオレンジ色の顎を大きく開いた。威嚇しているのだ。どうやら逃げる気はないらしい。
「絶対ゲットするぞ、コソクムシ!」
グズマがそう大声を出すと、コソクムシも負けじと鳴き声を上げた。
――グズマのコソクムシが覚えている技は二つだけだ。すなかけと、むしのていこう。どちらもアゴジムシに有利な技ではなかったし、すなかけは攻撃技ですらないが、ゲットする為には逆に効果的なのかもしれない。名前に言ってみせた通り、ポケモンを捕まえるには弱らせてからボールを投げるのがセオリーだ。
やられるわけにはいかないと思ったのだろう、果敢に向かってきたアゴジムシ。「コソクムシ、すなかけだ!」
コソクムシが手足をばたつかせ、アゴジムシに砂をかける。突進してきていたアゴジムシは砂に気を取られたのだろう、狙いが外れ、コソクムシが攻撃されることはなかった。
「そのままむしのていこう!」
コソクムシが毒液を吐き出す。むしのていこうを真正面から受けてしまったアゴジムシは、すっかり弱ってしまっているようだった。もっとも警戒は解けていないのか、未だグズマ達に対し威嚇を続けている。グズマはそんなアゴジムシ目掛け、空のボールを投げた。
アゴジムシに当たったハイパーボールは、一瞬の内にアゴジムシを収納する。ボールは一、二度揺れ動き、やがてかちりと音をさせ動きを止めた――ゲットしたのだ、野生のポケモンを。
グズマは思わずよっしゃあと声を上げ、一目散にボールに駆け寄る。ハイパーボールの中には確かにアゴジムシが入っていて、グズマは更に嬉しくなった。小走りで駆け寄ってきた名前も、「おめでと」と小さく言った。いつも通りのマイペース加減だったが、その顔は些か上気していて、彼女も一連の攻防に興奮していたのだとはっきり感じ取れた。
「はっ、見たかよ名前、オレ様にかかれば、ポケモンゲットするのなんてちょろいもんだぜ」
「ん……グズマすごい」
「当たり前だろ」
こくりと頷いてみせる名前に、グズマは得意になった。どうやらコソクムシも同じ気持ちらしく、嬉しそうに辺りを走り回っている(名前が屈み込むと急いで寄っていき、気持ち良さそうに撫でられていた)。
「見てろよ名前、俺はアローラで一番強いトレーナーに――」
そう言って、名前の方を振り返った時だった。グズマの足元で鳴き声が上がったのは。
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