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 ゼンリョク祭り――太古の昔からメレメレ島に棲んでいる守り神、カプ・コケコが、島に居てくれることへ感謝を示す、リリィタウンに古くから伝わるお祭りだ。カプが変わらず島に居てくれたことに感謝し、そして未来永劫メレメレ島の守り神で在り続けてくれるよう祈りを捧げる。荒事を好むカプ・コケコの為、町の中心に据えられた祭壇で、ポケモンバトルを行うことになっていた。
 グズマと名前はリリィタウンから離れた2番道路に住んでいたが、毎年必ずこのゼンリョク祭りに参加していた。もちろんグズマ達が直接祭りに関わりがあるのではなく、名前の母親が毎年この祭りに屋台を出店することになっている為、その手伝いという名目で訪れているのだ。彼女はどうやらしまキングと仲が良いようで、その関係で招待されているらしい。毎年マラサダや、ちょっとしたドリンクを販売している。――とはいえ、子供のグズマ達にできることはそれほど無く、屋台の設置や片付けを少し手伝うくらいで、後は自由に祭りに楽しんでいた。
 グズマは、密かにこの祭りに参加することを毎年楽しみにしていた。名前の母親が手伝いのお礼としてエネココアや、マラサダをご馳走してくれる事、リリィタウンまで出掛ける事自体も楽しみの一つだったが、それ以上に祭りで行われる神前試合が一番の楽しみだった。グズマはポケモンバトルが好きだ。未だ島巡りに出ていないグズマにとって、この祭りへの参加は、ポケモンバトルを間近で見られる数少ない機会だった。

「あら、そろそろ始まるわね」名前の母親が言った。
 二人共もうこっちは良いから他を回ってらっしゃい、そう笑った名前の母親の言葉に甘え、グズマ達は祭りを回ることにした(名前はあまり乗り気ではないようだったが、グズマが腕を掴んで引っ張ると大人しくついてきた)。
 ――カプの為の祭りと言えば聞こえは良いが、要は小さな田舎町の村祭りに過ぎない。大して何があるわけでもなく、結局のところ、グズマと名前は連れ立って祭壇に近付いた。
 町の中心にある祭壇には既に人だかりが出来ていたが、二人の子供の姿を見ると、大人達は脇へ退いてくれ、グズマ達は一番前に来ることが出来た。しまキング――ハラの声が響く。「島に暮らす命、島巡りを楽しむ者、全ての無事を祈ります」
「これより、島の守り神カプ・コケコに捧げる、ポケモン勝負を始めます」

 グズマは確かに、ゼンリョク祭りで見られるポケモンバトルを楽しみにしていた。しかし、今年は拍子抜けだ。
「……チッ」
 グズマは思わず舌打ちを漏らした。それが聞こえたのだろう、名前がちらりとグズマの方を見る。流石に祭りの最中に大声を出すわけにも行かず、グズマはひそひそと言った。「あいつ、俺らと一緒にスクール行ってたやつだぜ」
 グズマと名前は今年11歳になる。ゼンリョク祭りでバトルを披露するのは11歳の子供と決まっており、今年はグズマ達と同世代の子供が担うことになっていた。壇上に上がっている二人も、当然どことなく見覚えがある。
 彼らが連れているポケモンは、モクローとアシマリ。恐らく島巡りを目前にした彼らに、しまキングが与えたポケモンだろう。二人共貰ったばかりなのか、技の指示もちぐはぐだし、ポケモンとの連携も取れていないようだった。時折、彼らの様子が微笑ましいと言わんばかりに観客から小さな笑い声が上がる。
「ハラのジジイも俺様を選べば良かったのによ。あいつらなんか、俺とコソクムシが簡単にコテンパンにしてやるってのに」
「うーん……」
 名前は苦笑を漏らした。グズマが怒らなかったのは、彼女のそれがグズマには出来ないと思っての事ではなく、単純にグズマの乱暴な言い方が気に入らなかっただけだと解ったからだ。何年か前に見たようなレベルの高いポケモンバトルならいざ知らず、こんなお遊戯を見ていても仕方が無い。
 グズマは名前の服の袖を引いた。「行こうぜ、名前」
「行くって、どこへ?」
 彼女の言葉に、グズマはにっと笑った。「決まってるだろ、ポケモンを捕まえによ!」


 ゼンリョク祭りの最中にその場を抜け出すのは、さほど難しいことではなかった。グズマがいかに大柄と言っても同世代の中では大きい方だという話であり、そんなグズマが同じ歳の女の子を連れて輪を抜け出してもおかしくはないのだ。名前の母親は屋台に掛かりきりだし、そもそもが各々好き勝手しているのだから、子供が二人、祭りの途中でリリィタウンの外へ出ようと、誰も何も言わなかった。
 ――リリィタウンから伸びる坂道の途中にはいくつか草むらがあるが、グズマはそのどれにも入ったことがなかった。ゼンリョク祭りの時は、いつも名前の母親に連れてきてもらっていたからだ。坂を下りてすぐのところにある草むらに目を付けた。
「グズマー」
 少し後を付いて来ていた名前が、そう言ってグズマに呼び掛ける。彼女の背後には、当然アブリーが何匹か飛んでいる。監視されているようでもあったが、グズマは気にしなかった。「おせえぞ、名前」
「ん、ごめん」
 グズマのすぐ横に立った名前は、目の前に広がる小さな草むらをちらりと見て、それからグズマを見上げた。「ポケモン捕まえるって、どうやって?」
「あ? んなの決まってるだろ」グズマはポケットからハイパーボールを取り出し、近くの地面に放り投げる。当然、現れたのはコソクムシだ。「バトルして、弱らせて、それからゲットするんだよ」
 ボールの中からグズマ達の話を聞いていたのだろうか、コソクムシはちらちらと草むらの様子を伺ってはいるものの、グズマの元から離れようとはしなかった。及び腰になっているのだ。
 姑息なむしポケモン、などと誰が名付けたのかは知らないが、コソクムシというポケモンはひどく怖がりな性質をしている。捕まえたばかりの頃はグズマを見てもすぐ逃げ出して隠れてしまい、見付け出すのにかなり苦労した。恐らく今も、何が潜んでいるか解らない草むらに尻込みしているに違いない。それでもコソクムシが草むらの様子を伺うのは、相棒のグズマや、仲良しの名前の前で情けないところは見せたくないと意地を張っているからだ。
「だけど……ボールも持ってないのに?」名前が言った。
 ああ、そういう事か。グズマは漸く先程の名前の言葉の意味を理解し、それからニヤッとした。もう一方のポケットから空のボールを取り出してみせると、名前の目が初めて丸くなった。

 父親の部屋からくすねてきたのだとグズマが説明すると、名前は良い顔はしなかったが、それでも異を唱えはしなかった。恐らく、グズマが言っても聞かないと解っているからだろう。
 しかしながら、実際このハイパーボールだって、その内グズマの物になる筈だったのだ。グズマの父親はトレーナーではないし、趣味のゴルフの最中に見付けた道具をくれる事だってある――グズマのコソクムシだって、元々は始末に困った父親がグズマに譲り渡したものだ。ゴルフボールを気に入ったらしく、いつの間にか荷物に紛れていたのだという。
コソクムシはメレメレ島には生息していないポケモンなので、簡単に逃すわけにもいかず、グズマにお鉢が回ってきたのだ――当然このボールもグズマにくれるつもりだったのだろうし、その予定が少しばかり早まっただけなのだから怒られることもないだろう。
「お前はボール持ってないのかよ?」
「うん」
「だろうな」グズマが言った。
「勿体無いけどよ。ま、ボール貰ったらそいつら――」グズマは名前の周りを飛び交っているアブリー達を顎でしゃくってみせた。「――捕まえればいいよな」
 グズマとしては嫌味のつもりで言ったのだが、名前が素直に「ん、そうする」と頷いたので、聊か毒気が抜かれてしまった。あまり自分のポケモンが欲しいという欲が無いらしい。兎も角も、グズマと名前は草むらへの第一歩を踏み出した。

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