薬学が得意らしい彼の話

 ホグワーツにおいて、魔法薬学は一年生を襲う恐怖の一つに数えられていた。
 決して杖を振るだけの分野ではない薬学は、その他の授業と一線を画しているのだ。材料を等分し、正確に重さを量り、鍋で加熱する時間すら定められている。本人の丁寧さ、慎重さが主に試される。
 材料や作る順をきっちりと覚えなければならない為、感覚だけでこなす事のできる呪文を扱う授業とは違い、殆どの生徒は好きになる事ができない授業だ。

 セブルス・スネイプは魔法薬学が好きだったが、それとこれとは話が別だ。二人組を作るようにと言われ、生徒は皆好き勝手に相手を選んでいたが、出来ることなら一人でやりたいとすら思っていたセブルスは、スラグホーンに無理矢理組を作らされた。名前・名字、グリフィンドールの生徒だ。
 セブルスにならを任せる事が出来るよとスラグホーンはのたまったが、セブルスにしてみれば酷い迷惑だった。どうしてわざわざ、僕が他の奴の面倒なんて見なければならないんだ? しかもグリフィンドール。

 やあやあよろしくミスター、と陽気に笑った名前は、セブルスが危惧していたほどのろまでも愚鈍でもなかった。無駄口は叩かないし、理解も早い。むしろ、セブルスには及ばないが手際が良く、セブルスが指示を出してもグリフィンドール生らしく反抗するどころか、ちゃんと言うことを聞いた。しかも、その時はカノコソウを渡してくれと言ったのだが、彼は間違うこともなくカノコソウを渡した。
 どうしてスラグホーンは僕とこいつを組ませたんだ?
 セブルスがそう考えるのもおかしい事ではなかった。教師が一生徒の面倒を見てくれという事は、その生徒になんらかの問題があるのが常だ。前回の授業でスラグホーンから直々に加点を貰っていたセブルスが、薬学が得意な生徒であるという事はスラグホーンも解っているだろう。そんなセブルスにわざわざ相手をさせたのだから、名前が魔法薬学の全く出来ない生徒だと考えるのはおかしくない。
 が、名前は至って普通、もしくはそれ以上だった。彼より調合の下手な生徒は沢山居た。

 そんな事をずっと考えていたからか、セブルスは思わずミスをした。ノコギリソウの葉は鋭利に尖っているから気を付けるようにと言われていたし、セブルスだって解っていたのに、ついうっかり素手でそれを掴んでしまったのだ。
 痛っ、と思った時は手遅れで、慌てて離すものの掌がざっくりと切れていた。本当に切れ味が良い。真一文字に出来た傷口から、ボタボタボタボタと血が流れた。
 ふと、セブルスは目の前の少年と目があった。
 名前・名字は白い顔をどこか青白くさせ、見開いた目は真っ直ぐにセブルスの右手の平を見ている。彼の目が爛々と危ない光を宿しているのを垣間見てしまった気がして、セブルスは一瞬怯んだ。が、口を開く。それなりに、この生徒の事は気に入っていたのだ。
「おい、取り乱すなよ、このくらい平気だ」
「……はっはっはっはっは、取り乱すともミスター!」

 ――こいつ、やらかしやがった!
 名前・名字と内心の悲鳴と、彼の方に何度も何度も目を走らせていたスラグホーンの心の声が、まさしくハモった。
 スラグホーンが名前とスネイプを組ませたのが、スネイプがこの教室で一番魔法薬学の上手い生徒だと踏んだからだ。スラグホーンの見立ては勿論正解だ、彼は将来薬学の教鞭を執るのだから。スネイプならば、滅多な失敗を起こさないだろうと思っての事だった。
 片や名前は、急速に喉の渇きを思い出した。
 ホグワーツに来てからというもの、一度も血を飲んでいない。人と同じ物を食べたところで、美味しいとは思わないし腹も膨れない。生き血だけが名前の食料なのだ。しかも名前は、今までの人生で一度も人の生き血を飲んだ事がなかった。今まではずっと、家畜の血で食いつないできた。自分を人間だと思っているわけではないが、人としての矜持があったのだ。
 それが目の前で出血沙汰だ。
 名前は自分の喉がごくりと動く事を止められなかった。男の血だろうと構うものか! 飲んだ事はなかったが、一目で分かる。これは自分にとって一番のご馳走とするべきものだ。
 名前は、禁断症状が出る前には、医務室に行って輸血用の血を飲んでも良いという事になっている。以前リーマスに言った通り、チョコレートでも何でも、食べていれば何かしらの栄養にはなるから、名前は生きていける。元よりマグルや魔法使い含め、人間より遙かに長生きをする吸血鬼という生き物だ。人間よりずっと丈夫だ。ただ、いつでも空腹状態になるだけだ。
 それが今、目の前にご馳走が文字通り垂れ流れている。

 結局、名前はセブルスの制止を無視して彼の右手にハンカチをぐるぐると巻き付け、そのまま彼を抱え上げた。彼だけでなく教室中の皆が驚いていたようだったが、構うものか。
 名前には、入学させてくれたダンブルドアを、そして自分にした約束を裏切る事ができなかった。
「なっ……下ろせ!」
「ふふふ、それは無理というものだよミスター。そんな事をしてみたまえ。君は腹ぺこのライオンの檻の中に入れられた野ウサギと化してしまうよ。――ほらほら暴れないでくれたまえよ、いくら僕が力持ちだとしても、うっかり落としてしまうじゃないか。君は今から医務室に直行だ。マダムに綺麗さっぱりそんな傷痕消してもらおう。傷は男の勲章だというが、そんなものは男らしく決闘で作れば良いのさ。怪我はすぐ診て貰うに限る。――荷物みたいに肩に上げるのはやめろって? ミスターの遺言とでも言うならお姫様のように抱っこしてやらない事もないが、お断りだよ気持ち悪い。ああ言うのは女の子相手にやるから良いのさ。ま、僕はソッチ系の人に理解があるから安心したまえ。やってやるかどうかは別だがね。――というわけで先生、僕は彼を医務室に連れて行きますそしてそのまま自主早退しますサヨウナラ! あ、できれば誰か、僕の分を片付けておいてくれると嬉しいな!」
 下ろせえええ!と、哀れスネイプ少年の叫び声と、ははははは、と変に笑って喋り続ける名前はそのまま地下牢から姿を消した。生徒達は皆、唖然として成り行きを見守っていたが、やがてざわざわと話し声が沸き上がった。何だ、あいつら……と。
 ホラス・スラグホーンは一人、そっと溜息を吐いた。あの様子なら大丈夫だろう。名前は理性を保っていたようだ。スラグホーンは吸血鬼という存在についてあまりよく知らなかったが、少年の事は見直していた。ダンブルドアが何故彼に入学の許可を与えたのか、少しだけ解った気がした。



[ 341/832 ]

[*prev] [next#]
[モドル]
[しおりを挟む]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -