緑の目をしたこども

「だから、ナナしゃんはすごいんです!」
 嬉しそうに笑うミチルを横目に、名前は「ふーん」と適当な相槌を打った。しかしながら、今のミチルにはそんな名前のつれない態度も気にならないのだろう。何せ――。「ナナしゃんは、私の初めてのお友達です!」


 生まれた時からとある能力を持っていた名前は、このエリート校への進学を余儀なくされた。もっとも、ごく幼少の時にしか能力の詳細を他人に伝えておらず、それも親兄弟しか知らないような名前の能力をどうやって国が把握したのかは解らない。病院に診断書が残っていたのかもしれないし、そもそも受診した時点で国に伝わっていたのかもしれない。名前としては、義務教育の間に度々行われていた適正診断の結果が思わしくなかったのだろうと睨んでいた。名前の能力はちっぽけなものだったが、だからこそ心の奥底に根付いていた。
 ともかくも、名前はこの絶海の孤島で暮らしていたし、そこで学校生活を送っていた。“人類の敵”、などという得体の知れない存在と、戦う為に。

 未だ学校を休んでいるナナオに代わり、日直を買って出た名前だったが、それにミチルが手伝いを申し出てくれたのは嬉しい誤算だった。単純に退屈を潰す為、自分から日直の代理に立候補したわけだが、ミチルが居るなら話は別だ。この島での生活は流行り物とは無縁だったが、それでも一緒に教師への愚痴を言ったり、数週間前に発売された漫画の感想を言い合うのは楽しいものだ。しかしながら彼女は名前と違い、名前が以前彼女の日直を手助けした為に、そのお礼の意味合いで手伝うというだけのようだった。
 彼女の厚意を何とも思えない辺り、かなりのストレスが溜まっていることが伺える。
「ナナしゃんが怪我したのは私のせいなのに……少しも嫌な顔をしないんです!」
「……そりゃ、あんたが怪我治してやったからでしょ」
 名前はぼそりとそう呟いたが、ミチルには少しも聞こえていなかったらしい。何ですか?と、背後から暢気な声が聞こえてくる。
「何でもない」そう返しながら、名前は思い切り黒板消しを打ち付けた。白いチョークの粉がもうもうと立ち上り、そして静かに消えていく。

 人類の敵に襲われそうになったミチルを、柊ナナが身を挺して庇ったという事件が起こったのは、ほんの数日前の話だ。それ以前から少しずつ仲良くなってはいたようだが、ナナが自分を助けてくれた事で、彼女に対するミチルの友好度やら、信頼度やらは、その上限を軽々と超えたらしい。今では、ミチルは四六時中、ナナについて回っている。
 そんなミチルを見て、クラスメイトの何人かはまさしく犬のようだと影で笑っていたが、名前はどちらかというと金魚の糞のようだと思っていた。急にクラスメイトの能力を気にし始めたり、自分が不要なものだと少しも気付いていない、至って幸せな存在。
「ミチルはほんと、柊さんのこと好きなんだね」
 皮肉で口にした言葉だったが、ミチルは何に気付くこともなく「はい!」と嬉しそうに言った。「ナナしゃんは私の初めてのお友達ですから!」

 名前が持っていた黒板消しを乱暴に置くと、ミチルは初めて名前の様子が普段と違うことに気が付いたようだった。
「あのさ、それやめてよ」
 名前がそう笑うと、ミチルの顔に困惑の表情が浮かんだ。「そ、それって何ですか……?」
「別に」名前が言った。「私はミチルのこと友達って思ってたから、ミチルはそうじゃなかったんだって思っただけ」
 ミチルの表情が、こまり顔からおろおろ顔へと変わっていく。
「私、私は……」
「――あはは!」
 名前はぱっと顔を明るくさせた。ミチルが一瞬びくりと身を震わせたのを、名前は目撃した。「ごめんごめん、あんまりミチルがナナちゃんナナちゃん言うからさあ、ちょっと意地悪しただけ」
 柊さん良い子だもんねえと名前が笑うと、漸くミチルも名前が少し拗ねただけと認識したらしく、やがて小さく笑った。



 名前が声を掛けると、振り向いたナナは「名前さん!」と嬉しそうに言った。綺麗に括られたツインテールが、彼女の動きに合わせて小さく揺れる。
「ナナちゃんも今帰る感じ? 一緒に帰ろうよ……あ、ナナちゃんて呼んでも良い?」
「もちろんです!」
 にこにこ、にこにこ。可愛いなあと思いながら、「ねえねえ、ナナちゃんて心が読めるんでしょ?」と問い掛ける。
「はい! 心の声が聞こえてくるとでも言うんでしょうか、皆さんが口にされてないことも普通のおしゃべりのように聞こえてくるんですよ。だから私、ついついそれに答えたりなんかしちゃって」
「あっ、だから自己紹介の時の空気読めないに繋がるのかあ」
「そうなんです!」
 凄いね!と名前が笑うと、ナナも笑った。

「そうだ、ナナちゃん、私の能力当ててみてよ」
 名前はそう言って、彼女の両手を手にした。ナナはきょとんとした様子で、名前を見返している。「ええと……」
「ミチルに頼んだのってナナちゃんなんでしょ? みんなの能力を調べてって。あ、別にミチルが喋ったわけじゃないよ。えーっと、心に強く念じれば伝わるのかな?」

 ナナは何も言わなかった。もっとも、もう既に彼女は気が付いているのだ。名前の目が少しも笑っていない事に。
「あれっ、もしかして心読めない感じ? ナナちゃん具合悪いのかな。それとも、こうやって手握ってるから力が打ち消されてたりして。中島と一緒だね。ま、違うんだけど」
 ――目の前に立つナナを見詰めながら、名前は如何にして彼女を亡き者にするか、それだけを考えていた。彼女は既に“三人”を殺しているのだ。殺される前に殺す、それの何がいけない事だろう。
 三人目の死が明るみに出ている今、ナナは今まで以上に慎重にならざるを得ない。こうして前触れもなく突っかかってきた名前をいきなり殺すのは、あまりにリスクが高過ぎる筈だ。死体が二つ並べば、いくらなんでも学校中がおかしいと気付くだろう。それに、彼女は未だ名前の能力を知らないままだ。もっとも仮に名前が心を読めるのだと気付いたとしても、ナナにはどうする事もできない――つまり、名前は今、圧倒的優位な立場にある。
 未だ握ったままのナナの手は小さく、こんな手が既に三人もの人間を殺めているだなんて、到底信じられなかった。正気の沙汰ではない。

 笑顔のまま固まった柊ナナは今、この場をどう対処するかを必死に考えていた。彼女の頭の回転の速さたるや、エージェントとして選ばれたことも頷けるというものだ。しかしながら、彼女には解らない。名前がどうして自分に突っかかるのか、そして殺意の宿った目で自分を見るのか、その理由は、動機は、一生解る筈がないのだ。
「ね、ナナちゃん教えてよ、私、何人殺すことになってんの?」

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